第11話 温泉にて~エリスとルーシア

「え、と、あの……。いいお湯ですね……。先ほどは助けていただいてありがとうございました」


「あなたまだお芝居を続けるつもりなの? そういうのはもういいから、単刀直入に聞くわ。あなた魔王軍の人よね?」


「ななな、なにを!? わ、私はただの旅の冒険者で……」


「誤魔化しても無駄よ。あなた3日前からわたし達が特訓してるのを監視していたでしょう? 気付かれてないとでも思っているの? それにあのスライムって魔王城で飼ってるスラエモンじゃない。隠す気無いでしょあなた」


「す、スラエモン……? スラエモンって何ですか?」


「スライムの名前よ。城で飼ってるスライムの」


「姫様はスライムの個体差が分かるのですか? 城のスライムと言っても沢山いますし、どれも同じに見えるのですが……」 


「うちの子と、よその子の区別くらいはね。ほら、スライムって知らないうちに分裂して増えたり逆に合体して大きくなったりするじゃない? だから城で飼ってるスライムは全部スラエモンって名前で呼んでるの」


「え? それって名前を付ける意味あります? 個体の区別のための名前じゃないんですか?」


「名前があった方が愛着が湧くでしょ。区別のためだけに名前を付けてるわけじゃないわ……って、何をスライムの話で誤魔化そうとしてるのよ! そうはいかないんだからね!」


「ええっ!? 私が悪いんですか!? スライムの話を始めたのは姫様の方なのに……」


「そんな事はどうでもいいのよ! 正体を現したわね! 私の事を姫様って呼んでる時点で魔王の手先って事は確定だわ!」


「いえもう隠す気は全然無いのですが……。申し訳ありませんでした」


「あなたどういうつもりなのよ? スラエモンに自分を襲わせて、わたしたちの気を引こうだなんて! そういうのが趣味なの? 痴女なの?」


「ひ、ひどいです。姫様……。わ、私だって好きであんな事をしたわけじゃ……。スラエモンさんには申し訳ない事をしたとは思っていますけど……」


「まあ、あの子は楽しんでやってたと思うわよ。昔から人に戯れつくのが好きだったしね。あれでもいちおう魔王のペットなんだから遊び半分で手を出したら危ないのよ。ああなるのは当たり前じゃない……ってスラエモンの話はもういいのよ! また誤魔化そうとして!」


「も、もう誤魔化すつもりはありませんよぅ。姫様がスライムを好きすぎるだけじゃないですかぁ!」


「それで、あなた何が目的でわたしたちに近づいてきたの? 正直に話さないと怒るわよ!」


「は、話しますから怒らないでください。ああでも話しても怒られてしまうかも……」


「正直に話せば怒ったりしないわよ」


「で、では……あ、あの……その、少し言いにくいのですが、姫様が悪い男にたぶらかされているという事で……」


「たぶらかされてなんかいないわよ!」


「ひぃっ! す、すみません」


「まあいいわ。話を続けてちょうだい」


「は、はい。ええと……。どうせあの男は姫様の身体だけが目当てのクズ野郎に決まっているから、勇者パーティの一員として潜りこんで、私の、その……。ち、乳を使ってヤツを誘惑して、化けの皮を剥がしてやれと言われまして……」


「なっ!? いったい誰よそんなバカげた事を言ったのは!!」


「ま、魔王様です……」



「………………………………」

「………………………………」



「ごめんなさい。よく考えたらわたし、あなたを怒る資格なんて全然無かったわね……。本当にごめんなさい」


「そんな……顔を上げてください姫様。姫様が謝る事じゃないじゃないですか。私の方こそ何だかすみません」


「………………………………」


「話を続けますね……。それで魔王軍の幹部をやっている私の上司に、どうやって勇者パーティに潜入したらいいかって相談したんです。そうしたら、そんなのは自分で考えろって言われてしまって……。指示が適当すぎるんです。いつもいつもいつも! さすがに今回は魔王様直々の任務ですし、わたしも今まで色々あって我慢の限界だったので食い下がりましたよ! そしたら、これを持って山の麓の薬師を訪ねるようにって上司から手紙を渡されたんです。それで薬師のお姉さんに手紙を見せたら、スライムが元気になるっていう秘薬を出してくれて、使い方を教えてもらって……。『そういう趣味も悪いとは言わないけど使いすぎると癖になっちゃうから程々にしないとダメよ』って注意を受けて……。私、薬師のお姉さんに欲求不満で仕方ない娘だって思われてて。死ぬほど恥ずかしくて……。でも任務だから頑張らなきゃって、城のスライムを連れて勇者さんと姫様を待ち伏せしたんです。それで秘薬を使ったらスライムの力が思ったよりも強くて身動きが取れなくなっちゃって。それを勇者さんが助けようとしてくれてたのに、姫様に止められてしまって……。もうどうしたらいいのか分からなくなっちゃって。それに私、どうしてこんな馬鹿な事をしてるんだろう? こんな事をするために魔王軍に入ったんじゃないのにって思ったら涙が止まらなくなっちゃって……。ううううっ、ぐすっ」


「もういいわ! わたしが悪かったわよ! 謝るから泣かないで!」


「ううっ……。そ、そういう訳ですので、勇者さんのパーティに……。仲間に加えてください」


「えっ!? 一緒についてくるつもりなの!?」


「だって、この任務、魔王様直々の命令だから、失敗したらクビだって上司に言われているんです。失敗するわけにはいかないんです」


「もう失敗してるでしょ! わたしにバレた時点で! 取り繕おうたって無理があるわよ」


「いえ、魔王様が一番怒ってらっしゃったのは、姫様と勇者さんが二人きりで旅をするというところでしたので、三人旅という事になれば最低限の面目は立ちます。それで、あわよくば隙をみて勇者さんを誘惑しようかなと思いまして」


「あなた、それをわたしが許すと思っているの?」


「そうですよね。姫様も勇者さんと二人きりで旅をしたいですよね。恋人同士ですものね……」


「こ、恋人同士!? 何を言ってるのよあなた。そ、そりゃあ告白はされたけど、まだ返事はしてないし……」


「それでは、私がパーティに加わっても問題ないのではないですか?」


「で、でもあなた。ユウを誘惑するなんて言って、彼が本気であなたを好きになっちゃったらどうするつもりなのよ?」


「そうなった場合は、国のお金で豪華な結婚式を開いてくれて、一生分の生活費も国から出してくれるって上司が言っていました」


「なにバカな事を言ってるのよ!? 結婚ってどういうことよ! ユウは向こうの世界に帰してあげなきゃダメでしょ!」


「私に言われても……。上司がそういう人だっていうのは姫様も良くご存じでしょう? 私よりもずっと付き合いが長いんですから」


「そうだったわね。あの人が笑顔でそう言っている様子が目に浮かぶわ……。でもあなたの気持ちはどうなるのよ。それで良いわけないわよね?」


「そうですね……。私も上司に言われた時は嫌だったんですけど。この3日間、勇者さんの様子を観させてもらって、なんだかそういうのも悪くはないと思えてきました」


「それで良いわけないでしょ! 何を言っているのよ!」


「でも勇者さんって可愛いじゃないですか? 姫様の地獄のような特訓でボロボロになりながらも一生懸命に健気に頑張っていて。放っておけないタイプといいますか。生活費は国が保障してくれるって言っていますし、仕事をやめて優しい旦那様と田舎でのんびり暮らしていくのも良いなって思ってます」


「そんなのダメったらダメなんだから! それって彼の事が好きなんじゃなくて、仕事を続けるのが嫌だからって現実逃避してるだけでしょ!」


「そんなぁ姫様、ひどいです。勇者さんの事をいいなって思っているのは本当なのに……。でも現実逃避といったら姫様だって人の事は言えないじゃないですか。姫様の場合は、現実から異世界への逃避でしたけど」


「な……何で!? あなた、何をどこまで知っているの?」


「姫様が異世界留学なさっていた大体の事情は存じ上げてるつもりです。城中で噂になっていましたから。知らないのはミリア様くらいのものですよ」


「もうやだ……。やっぱり城へ行くのやめる……」


「何を言ってるんですか姫様!? 勇者さんはどうするんですか? 元の世界に帰してあげるんでしょう? 城に戻らないと帰れないんですよ!」


「じゃあ、わたしの事を知る人がいない田舎へ逃げて、ユウと二人で隠れてのんびり暮らすの……」


「ダメですよ姫様! 辛いからって現実逃避しないでください! そんな事になったら私が魔王様に殺されてしまいますよぅ!」


「………………………………」


「ああ、どうしましょう……。そうだ! し、失礼します姫様! ぎゅっ」



「………………んぷはっ! いきなり何をするのよルーシア! 窒息するかと思ったじゃない!」


「あ、いえ。私、実家に妹がいるのですが、落ち込んだ時はいつもこうして頭を抱きしめてあげると元気になったもので……」


「だからって、は、裸で抱きついてくるのはどうかと思うわよ。あなたのそれは凶器なんだから気を付けてよね。まったく。それにしても大きいわね……かつて無い感触だったわ」


「よかった姫様。正気に戻られたみたいですね。私も少し言いすぎました。心配されなくても、私なんかが誘惑したところで勇者さんがなびくわけがないじゃないですか。勇者さん、私が抱きついていた時もずっと姫様の方を気にされていましたし。姫様の事しか見ていないんですよ。だから、勇者パーティに私が同行してもたぶん大丈夫です。一緒に連れて行ってもらえないでしょうか?」


「はあ。もう分かったわよ。連れて行ってあげる。なんだか上手く丸め込まれた気がしてならないけれど」


「ありがとうございます姫様!」


「あと一緒に来るんだったら姫様って呼ぶのはやめてもらえる? エリスでいいわ」


「ではエリス様とお呼びしますね」


「様もやめて! 呼び捨てでいいわ。だってあなた、私より年上でしょう?」


「はい。姫様よりも二つほど歳は上になりますが……。でも、呼び捨ては呼び辛いのでエリスさんと呼ばせてもらえないでしょうか?」


「まあそれでもいいわ。それじゃあ、これからよろしくね。ルーシア」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る