第8話 エリスの特訓1

 よく晴れた気持ちのいい朝だった。

 空が抜けるように青く、吹き抜ける風も心地よい。


「この辺りでいいかしらね」


 僕らが来たのは町から少し離れた森の入り口。

 ここなら人もいないし、ちょうどいいという事だった。


 こうして異世界ファンタジー風の衣服に身を包んで剣を携えていると、やっぱり自然と心が踊る。

 そして何よりエリスのしなやかな肢体を包む白地に青を散りばめた衣装がよく似合っていて、とても可愛くて格好良い。

 さながら姫騎士の様だった。


 自分でもちょろいと自覚はしているが、僕はエリスに対して三度目の恋に落ちていた。


 僕の魔法力を鍛えると、エリスは言った。

 初めは弱いモンスターを倒したりするのかとも思ったのだが、そういうわけではないらしい。

 彼女が自ら僕の魔法力を引き出してくれるという話だった。

 具体的にはどうやるんだろう?


「さあ、剣を構えて。かかって来なさい!」


 そう言って彼女は剣を僕に向けて中段の位置で構えた。

 先ほどまでの柔らかな雰囲気とは打って変わって、研ぎ澄まされた刃のような空気感だ。


「かかって来いって、真剣で!? 木刀とかでもなく!?」


「真剣の方が緊張感が出るでしょう? 必要なのよ。そういうのも」


「いや、でも真剣を使ったら斬れるじゃないか」


「大丈夫。斬れないように叩くから」


 叩くって、峰打ち? いや、でも両刃の剣だぞ? 

 そもそも峰打ちをするための峰が無い。

 それよりも、僕の魔法力を引き出してくれるって言ってたのに、何でこんな事を?


「来ないならこっちから行くわよ!」


 そう言って彼女は僕に向かって飛び込むように蹴り出し、左上から斜めに剣を振り下ろしてきた。それを僕は、かろうじて剣で受け止める。


 マジか!? シャレにならないぞ!?

 そう思ったのも束の間。彼女は剣を切り替え、回転するように横から剣を薙ぎ払って来た。

 僕の胴体に直撃! 身体が真っ二つ……にはならない!?

 僕はそのまま吹っ飛ばされて地面に転がり落ちて倒れた。


「ね? 大丈夫だったでしょう?」


 いや、大丈夫って言ったって、斬られはしなかったけど、普通に腹を鉄の棒で思いっきり殴られたような衝撃だ。


「い、いったいどういうこと……?」


「剣の周りを魔法力で覆っているの。ほら、よく見てみて」


 そう言って彼女は剣に魔法力を込めて見せた。

 剣の周りに青白く光る空気の層のようなものが見える。


「普通は剣に魔法力を込める事で切れ味を増すのだけれど、それを応用すればさっきみたいに逆に切れ味を鈍くする事も出来るのよ。言い換えると、剣で斬るんじゃなくて剣に込めた魔法力をぶつけて叩いたという感じね」


「そうなのか……。それはいいとしてちょっとシャレにならないくらい痛いんだけど。下手をしたら骨が折れてるかもしれない」


「さっきの手応えからして骨は折れてないと思うわよ。だってキミ、無意識だと思うけど、剣が当たる瞬間、ちゃんと魔法力で防御しようとしてたもの」


「え? 全然そんな意識はしてなかったけど、本当に?」


「ええ。魔法力同士が干渉する手応えがあったわ。だからね。実戦形式で身体で覚えてもらうっていうのが一番近道だと思うのよ。魔法力を使いこなせるようになるにはね」


 すると、僕はこれからもエリスに殴られ続けないといけないのか? 

 殴られれば殴られるほど強くなれると。


「もちろん、剣で防いでくれても構わないわよ。剣術も上達するし、剣で防げなくても魔法力の基礎訓練はできるし、効率的でしょ」


 言っていることは理解できたけど、さすがに身体がもたないのではないだろうか? 怪我をしてしまっては元も子もないし。


「あと怪我をしてもちゃんと回復魔法で治してあげるから心配しなくて大丈夫よ」


 やっぱりこの特訓、怪我をするのは前提なんだ……。


「でも逆に僕の剣がエリスに当たったら危ないじゃないか。僕は魔法力で剣の切れ味をコントロールしたり出来ないし」


「そういう心配をするのはまだ早いと言いたいところだけど、まあいいわ。大丈夫ってところを見せてあげる。わたしに向かって本気で斬りかかってみなさい」


「いやそんな、大丈夫って言われても……」


 さすがに僕も女の子相手に本気で剣で斬りかかるのには抵抗があった。


「大丈夫よ。魔法力で防御するから」


 魔法力って防御も出来るのか? 

 そういえばさっきもそんな事言ってたっけ。

 そう言われたらやってみるしかなさそうだ。


「じゃあ、行くよ!」


 僕はエリスに向かって剣を振り下ろす。

 エリスは避ける気配もなく、振り下ろされる剣に向かって左の前腕を差し出した。


 ぶつかる! と、思った瞬間、僕の剣はエリスの腕に触れる一歩手前で弾かれた。

 まるで鋼鉄を殴りつけたような感触だ。


「ね。大丈夫でしょう? 魔法力を集中させれば、身体の周りを魔法力の盾で覆うことが出来るの。今のキミの剣撃ぐらいじゃわたしにダメージを与える事は出来ないわ。でもキミ、本気で来てって言ったのに手加減したでしょう。次からはちゃんと先生の言う事は聞いてよね!」


 これはもうやらざるを得ない状況に追い込まれてしまったな……。

 魔法力を引き出すのって、女神様が勇者に力を与える祝福的な儀式を想像してたんだけど、こんなにガチの修行だとは思わなかった。

 エリスの指導が思いのほか激しくてちょっと驚いたけど、僕も彼女を守れるくらい強くなるって決めたんだから、これくらいの事は覚悟しなきゃいけないか。


「もう質問はいい? それじゃあ再開するわよ! かかって来なさい!」


 そうして僕らの特訓は始まった。

 その日は日が暮れるまで特訓を続けたものの、僕は彼女から一本も取れず、何度となくエリスに剣で殴られ続けただけだった。


 これで本当に強くなれるのかな?

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