第2章 第1の刺客

第7話 始まりの町

「さあ、魔王を倒しに行く前に、まずは近くの町へ装備を買いに行きましょう。武器が必要だし、キミの制服もボロボロだしね。わたしも高校の制服だと目立つから新しい服を買わなくちゃ」


「装備を買うって言ったって、お金は大丈夫なの? 僕、二千円しか持ってないけど」


「あたりまえだけど、そのお金はこっちでは使えないわよ。でも安心して。わたし、魔法のカードをいつも財布に入れて持ち歩いていたから。初期装備くらいは買ってあげられるわ」


 魔法のカード? 

 こちらの世界では、ゲームみたいに魔法のカードで買い物が出来るという事なのだろうか?


「向こうの世界でもカードを使っていろいろ買えるじゃない? 似たようなものがこっちにもあるのよ」


「ああ、電子マネーとかクレジットカードみたいなものか。僕はてっきりガチャを回す方のやつかと……」


「ガチャを回す方っていうのは、ちょっと良くわからないけれど、だいたいそういう認識で間違ってないと思うわよ」



 そうして僕らは歩き出した……のはいいんだけど。


「うーん。ここってどこなのかしら?」


「え? さっそく迷子!? もしかしてこのまま遭難するんじゃ……」


「大丈夫よ。目の前に道があるわけだし、道なりに山を下りれば町にたどりつくはずよ。たぶん」


 たぶんって。ずいぶんと頼りない感じだけど大丈夫なのかな? 


 そうは言っても、こっちの世界については僕は全く分からないし、彼女に任せて付いていくしかない。

 少し不安もあったが、ほんの十数分歩いたくらいで森を抜ける事ができ、緑豊かな草原の向こうに町があるのが見えた。


「ほら、わたしの言った通りでしょう」


 彼女は得意気にそう言った。 


 その町はフラロルという名前で、いわゆる中世ヨーロッパによくありそうな石造りの建物が並んでいた。


 魔王が居る世界という話だけど暗い空気は感じられず、どちらかというと明るい雰囲気で、リアルな中世というよりはファンタジー世界やゲーム世界とかそういったイメージにぴったりという装いだった。


 当たり前だが電気や電子機器の類はなく、代わりに魔法力を利用したシステムがいろいろとあるらしい。

 さっき、彼女が言っていた魔法のカードというのもその一つだそうだ。


 一体どういう仕組みなんだろうと彼女に尋ねたところ、

「魔法力で動いてるとしか説明できないわよ。キミだって電車やスマホがどういう仕組みで動いているかって聞かれても、電気でとか、電波で、とかくらいしか言いようがないでしょう?」

と言われて、まあ、確かにそうだなと思って納得した。


「ほら、それより早く服を買いに行くわよ。あまり目立つと困るもの」


 彼女はそう言って、なるべく人目を避けるように武器と防具の店に向かって足を早めた。

 高校の制服ってこっちの世界だと恥ずかしいのかな? 

 僕はあまり気にしてなかったけど、よく考えたら彼女にとってはコスプレで町なかを歩いているような感覚なのかもしれない。


 この町唯一の武器と防具の店も、やはりゲーム世界のような剣、槍、弓矢、斧、杖といった武器や、鎧、法衣などの防具が並んでいた。


 最初にたどり着いた始まりの町のわりには、それなりにいい値段のする強そうな武器や防具も置いてあった。

 機能性だけでなくデザイン性も重視されているものが多いようで、見た目も鮮やかというか、色々な品物が並んでいる様子は、見ているだけで楽しい気持ちになってくる。


「まずは服ね。早く着替えたいわ。あなたも好きなのを選んでいいわよ」


「服って、鎧とか防御力が高そうなやつを選んだ方がいいのかな?」


「そういうのよりも、動きやすさで選んだ方がいいわね。あと自分で見た目が気に入るかどうかも重要よ」


 そんなファッション感覚でいいのか? 

 確かにゴツイ鎧は動き難そうだから選ぶ気はあまりなかったけど。


「お兄さんがた。見慣れない格好だが冒険者かい? どこから来たのかね?」


 僕らが服を見ていると、店主のお爺さんが話しかけてきた。

 どこから来たのかと聞かれても、異世界から来たとも言えないし……。

 僕が返答に困っていると彼女が答えた。


「わたしたち、ユーホスの方から来たんです。この格好は、ええと、その、いま街で流行ってる異世界ファッションってやつで……」


 異世界ファッション!? 

 あっさり異世界って言葉を使っちゃってるけど、それで誤魔化せるのか!?


「ほう! それは異世界の服って事なのかい? 都ではそんなのが流行っているんだね」


 あれ? 異世界って言葉、町の人にも普通に通じるんだ。

 ちょっと意外だった。


「……ところでお嬢ちゃん。儂と何処かで会った事がないかい? どうも見覚えがあるような気がするんじゃが。ううむ。思い出せん」


「き、き、気のせいですよ! わたしなんてどこにでも居るような顔ですから」


「そうかのう。気のせいなのかのう」


「ところでお爺さんってもしかして昔、冒険者をやってたりしました?」


「いいや。こう見えて昔は王国軍にいたんじゃぞ。先代の王が隠居なさった時に引退して故郷のこの村に戻ってきて、こうして武器店を開いているんじゃよ」


「そ、それで、そんなに強い魔法力を持ってらっしゃるんですね……」


「ほう! お嬢ちゃん。見る目あるのう。年老いてもまだまだ若い者には負けんよ」


「ええ。見ればわかります。それでわたしたち、これからモンスター討伐とかをやりたくて新しい服と武器を買いに来たんですけど」


「おお、伝説の武器や防具は無いが、一級品を取り揃えておるつもりじゃ。ゆっくりみていってくれ」


 お爺さんはそう言って店の奥へと戻っていった。



「はあ……。危なかったわ」


「危なかったって、何が?」


「な、なんでもないわ。と、とりあえずは魔法力の鍛錬がメインだからオーソドックスな剣にしておきましょうか」


 何を慌ててるんだろう。少し気になったけど、新しい疑問もわいてきたので僕は彼女に尋ねた。


「魔法力の鍛錬なのに剣なんだ? 杖とかじゃなくて?」


「そのあたりは実際にやりながら説明するわ。でももし剣以外でキミに馴染みそうな武器があるならそっちでもいいわよ」


「勇者といえば剣と相場は決まっているようなものだし、姫宮さんに任せるよ」


「これから一緒にパーティを組むわけだし、姫宮さんじゃなくて、エリスでいいわ。名前の方が呼ばれ慣れているし。わたしも、ユウって呼んでもいいかしら?」


「うん、構わないよ。え、エリス」


 初めて下の名前で彼女を呼ぶというのに、緊張してちょっと噛んでしまった。


 それはさておき、はじめは鍛錬が目的という事と、旅費を考えるとお金も節約しなきゃいけないので、手頃な価格の剣と服を買い、僕らは店を後にした。


 さすがにいろいろあって疲れていたので、その日はそのまま町の宿に向かった。

 宿の部屋にはベッドが一つあり、内装もゲーム世界の始まりの町の宿に相応しいといったような、木製の机とテーブルが一つずつあるだけの、ごくシンプルなものだった。


 言うまでもなくエリスとは別々の部屋だ。正直に言うと相部屋というのも少し期待していたのだが、さすがに男女が同じ部屋というのは問題があるしな。


 風呂は共同の大浴場があり、嬉しい事に水を沸かした風呂ではなく、温泉を引いてきているとの事だった。

 宿の食堂でエリスと二人で食事を取った後、温泉で疲れを癒した僕は、自室に戻って泥のように眠り、そして翌日の朝を迎えた。

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