第2話 はじめてのモンスター

「囲まれている……。まずいわね。転移魔法に巻き込まれた時に魔法力もだいぶ消耗してしまったし、丸腰でこの状況は少し厄介だわ。あなた、何か武器は持ってる?」


 武器? 僕は黙ったまま首を横に振った。


「もう。本当に手のかかる人ね。あなたも魔王の部下なんだったら自分の身は自分で守ってよね」 


 何の話をしているんだと思った瞬間、信じられない光景が僕の目に映った。


 墨灰色の毛で全身を覆われた二足歩行の狼のような姿をしたモンスター。人狼ワーウルフ!? 

 手に三日月状に曲線を描いた大きな鉈のような刀を持っている。

 そのモンスターが木の陰から5匹現れ僕らの周りを取り囲んでいた。


「見逃してくれると嬉しいんだけど、どうやらそういうわけにはいかないみたいね」


 彼女は一つ大きく深呼吸をして、人狼たちに対して左手を前に半身になって戦う姿勢をとる。


 すると、右前方にいた人狼が雄叫びをあげながら刀を振りかぶり、彼女に向かって斬りかかってきた。

 彼女がそれを軽やかに躱すと、刀は地面を打ち抜きめり込んだ。

 そして人狼が刀を引き抜こうとする前に彼女の踊るような回し蹴りが横面を捉える。

 人狼は空中をクルクルと回転しながら吹っ飛んで地面に転がり落ちた。

 そのまま泡を吹いて気絶してしまったようだ。


「ちょっと何ぼうっとしてるの!? 後ろを見なさい!」


 彼女が僕の方を見てそう叫びかけてきた。

 振り返ると真後ろに一匹の人狼が仁王立ちしていた。


 ちょっと待ってくれ。あまりに急な出来事だったので思考停止してしまっていたけど、モンスター!? 

 モンスターがいるってことはここは本当に異世界なのか!? 

 そして今は異世界転移をした人間が初めて遭遇するというバトルイベント。

 いわゆるチュートリアル的なあれなのか!? 


 僕はどうすればいい? 逃げる? たたかう? 

 答えは決まっている。

 好きな女の子を置いて逃げるわけにはいかないし、何より逃げようとしても逃げられそうな気がしない。


 それにこのモンスター、怖そうに見えるけれど実はめちゃくちゃ弱いんじゃないだろうか?

 異世界召喚されて最初に出てくるモンスターは雑魚というのが定番だし、彼女みたいな細腕の女の子に軽々と倒されてたし。

 僕が本当に異世界召喚されたんだったら、何かこう勇者的な凄い力が備わっているに違いない。彼女に格好悪い姿は見せられない。


 選ぶ選択肢は『たたかう』だ! 

 僕は足を踏ん張り、渾身の右ストレートをモンスターの腹に叩きこんだ。


「てやあ!」


 あれ? びくともしない。

 普通だった。至って普通。凄い力がこもっているわけでもなく、特にケンカが得意というわけでもない普段の僕の普通のパンチだった。


 恐る恐る顔を上げると人狼の目が僕を見下して怪しく光っているのが見えた。


「あ、ええっと、す、すみません」


 僕は思わず人狼に謝ってしまった。

 人狼はそんな事はお構い無しに刀を振りかぶる……。


「ほんとに何やってるのよあなた!」


 そう叫ぶ声が聞こえた瞬間、彼女の右ストレートが人狼を捉えていた。

 人狼は吹っ飛び、大きな木を一本なぎ倒してそのまま僕の視界の外へ消えていった。


「あ、ありがとう、姫宮さん」


「もう! あなたそれでも魔王軍の戦士なの!?」


「だからそれは誤解だって……。うわぁ!」


「よそ見をしないで! しっかりわたしの後ろにくっついて隠れてなさい!」


 襲い来る人狼から庇うように、彼女は僕の襟元を掴み後ろへと引き寄せた。

 残りは三匹、今度は同時に僕らへ襲いかかってきた。


 綺麗だった。


 木漏れ日をあびてキラキラ輝く銀色の長い髪、舞を踊るように美しく戦う彼女の姿に、僕は心を奪われた。

 強い口調でいろいろ理不尽に怒られてはいるんだけど、不思議と威圧感は感じないし嫌な感じもしない。

 鈴のように良く通る可愛らしい声だからというのもあるけれど、それだけじゃない。

 彼女の声は優しさで満ちているって僕にはわかる。なぜだかそう感じられた。


 僕が見惚れていた一瞬の間に彼女は人狼たちを薙ぎ倒し、三匹はそれぞれ地面に転がって戦闘不能になっていた。


「さてと……片付いたわね。余計な邪魔が入ったけど、今度こそ正直に話してもらうわ。あなたは一体何者? それにあなた、魔法力はどうしたの? 戦闘だっていうのに全然使えてなかったじゃない」


「だからさっきから正直に話してはいるんだけど。僕は本当に普通の日本の男子高校生で……」


 僕がそう言いかけた時だった。

 視界の上方、木の上で何かが動いているのが見えた。

 大きな刀を持った緑色のモンスター。

 そいつが後方から彼女に向かって降ってくる。


 無意識だった。考える暇もなかった。


 なぜそんな事をしたのかと訊かれても答えられない。

 目の前で美しいものが刃で傷つけられるのが許せなかったのかもしれない。

 反射的に体が動いてしまったのだ。


 僕は彼女を突き飛ばしていた。

 僕の背中をモンスターの刀が捉えた。血飛沫が飛んでいるのが見えた。


 痛ってえ! 


 叫び声にもならない激しい痛みが僕を襲ってきた。僕は死ぬのか? 


 でも好きな女の子を守って死ぬっていうのなら、それはそれで悪くはない人生だったかな。

 もし次に生まれ変わるなら今度はちゃんと彼女を守れるような勇者に転生したいな……。


 そんな考えが頭をよぎって、僕はまた意識を失った。

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