憎めない女

へろ。

憎めない女

 男性アイドルが司会を務める若者向け映画紹介番組に、ゲストの一人として出演した今をときめくアイドル、桜小路るるは、収録で盛大にとち滑ってしまう。

 

 その収録終わり、桜小路るるの楽屋を訪ねる男性プロデューサー。


「いやー、今日はごめんねー。まさかねぇ……。いや、ルルちゃん最近忙しいからさ~、あんま打ち合わせしなかった俺が悪いんだけどね」


 申し訳なさそうにそう言って、頭を掻くプロデューサー。

 桜小路るるは、そんなプロデューサーに対し、少し頬を膨らませ、甘ったるく語尾を伸ばしながらに言う。


「もぅー、ホントですよぉ。なんかぁ、るるだけ損したっていうかぁ。前もって言ってくれてないとぉ、他の皆と合わせられないっていうかぁ」


 プロデューサーは手を合わせ、再度、謝罪の言葉を。


「いやっほんっとッごめん! でもまさかさぁ……ほら、他の子達は、今流行のマンガ原作の映画とかさ、まぁ、その、割と新しめの有名な作品を紹介してたじゃない。若い子達向けの番組でね、そのぉ……あんま穿ったの求めてなかったっていうかさ……」


 そう歯切れ悪く言葉を紡ぐプロデューサーに、キョトンとした顔でるるは尋ねる。


「でもぉ、るるが紹介した作品だって、海外の有名な監督の作品なんですけどぉ」


「うん。まぁそうなんだけどね。でもまさか、『マーズアタック』紹介してくるとは思わないじゃない、こっちサイドもさ」


「マーズアタック、ダメなんですかぁ?」


「ダメって言うか……全然ダメではないんだよ! 俺もマーズアタック昔好きだったし! でもさ、現に収録で滑ってたじゃない。え?なにそれ?って顔、皆してたじゃない。そりゃあ、まぁそうだよね。知らないよぅ、今の子達はマーズアタック」


「……。」

 るるが口を閉ざし、俯く。


 重い沈黙に耐えられなくなったプロデューサーは、慌てて口を開いた。


「というかさ! 本当はるるちゃん、年さば読んでたりして!」

 努めて明るい口調で、からかい半分にそう言えば、るるは彼を鋭い眼光で睨みつけ、矢継ぎ早に「二十歳ですけどッ」と、さっきとは打って変わりキツい口調で言い放った。


「ご、ごめんごめん。ウソウソ! 軽い冗談っていうかさ……」


「……もぉ! ほんとぉ、そういうのやめてくださいよぉ!」


「ご、ごめんね……。あ! これから、どう!? 一杯。ほら!今日の収録の反省も兼ねて!」


「あ! ごめんなさい。るる、これから弟とご飯食べに行く約束しちゃっててー」


 そう言って、可愛く両の手を合わせる、るる。


「あ、そうなんだ……って! 本当は弟とか言って、彼氏と合うんじゃないのー!?」


 そう陽気に問うプロデューサーに、るるはあっけらかんとした調子で応える。


「違いますってぇ! 本当に弟なんですよぉ! 最近できたっていうかぁ、血は繋がってないんですけどー! もう本当!可愛くってぇ~!」


――なに? 複雑な家庭? 

 親が再婚したとか?

 いやでも、るるちゃんのお姉さんかお兄さんが結婚して出来た義理の弟ってことも……。


 そんな疑念が頭を埋め尽くすが、平静を装い深くは突っ込まないプロデューサー。


「そ、そうなんだぁ! 義理?の弟さんはいくつなの? 高校生とか?」


「24です。」

 

 そう平然と応えた後、思わずハッとした表情をしていまう、るる。

 見ざる聞かざるを決め込み、下を向くプロデューサー。


 重い沈黙が二人を襲う。


「あ、あのあのッ! 本当はお兄ちゃんなんですけどッ、でもなんか小動物系っていうか! 年上には見えないっつーか! はい……もう本当に!すごい!えーと……とにかくすんごい弟系の兄貴って感じのッ……弟っていうか……」


 額に汗を掻きながら、しどももどろに説明しだす、るる。


「そ、そうだよね! そういう奴いるよね! 童顔っていうか中性的?なのかな!?弟さん。年上なのに年下に見える系の弟系の兄貴! あ、なるほどなるほど! うーん……なるほどなぁ!」


 るる同様に、額に汗を掻きながら、なんとか同調しようと言葉を紡ぐプロデューサー。


「い、いますよね! まぢコナンかよってくらいめっちゃ背とか低くて、まぢ年上に見えないみたいな! あ! すいません。ちょっとタバコ吸ってもいいですか?」


「あ、うん。ホントは禁煙なんだけどね、もう全然構わないよ!ちょっと心落ち着けたいよね!」


 るるは、「すいません」と言いながら、タバコの箱をカバンから取り出す。


「……セブンスター……吸ってんだ……。」


「あ、はい! これが一番しっくりくるというか!」


 そう言いながらタバコに火を付け、煙を肺の奥深くへと取り込む。


「そ、そうなんだ……。」


「フー。」と、もの凄い量の煙を鼻から放出する、るる。


「……。」


「あれ? なんか引いてます?」 


「……。」


「あれ? プロデューサー?」


 無理があった。限界があった。

 絶対に肘と膝を露出させない彼女をフォローするのには、些か年を取り過ぎていたのかもしれない……彼女が。


「いねーよッ二十歳のアイドルでセブンスター吸ってる女なんてッ。」


「え?」


「つーかパチ屋でしか見たことねーよッ。死んだ目でパチンコ打ってる女しか吸わねーよッセブンスターはッ」


「なっ……それは偏見が過ぎませんか!?」


「過ぎてねーよッつーかなんだよマーズアタックってッ。その映画知ってんのッ20代後半くらいからだかんなッ」


「映画好きなんです!」


「じゃあ他にどの映画好きなんだよ?」


「こ、子供の頃に見た……ドラえもん、のび太の――」


「のび太の?」


 るるは、若干目線を逸らしながら、応える。


「宇宙小戦争……。」


「はい超昔の名作ッ。武田鉄矢の少年期がエンディングで流れるやつッ。お前それ絶対VHSで見たろッDVD無かったろその頃ッ」


「はぁ?VHSってなんですかぁ!?」


「しらばっくれんなよッ。つーかなんだよコナンみてーな兄ってッ。いねーよッそんなやつッ。寺田心の亜種かよッ」


「いますよ! 私の兄が実際そうなんですよッ!」


「弟だろッ。で、君は24より……かなり上なんだろッ年がッ」


「なッ……ひっどッ。引くんですけど。鬼オコぷんぷん丸なんですけどッ」


「死語だよッそれッ。もういいよ、誰にも言わないからさ、認めなよ。年、さば読んでるんでしょ?」


「……読んでねーし。なんなら、字ぃ読めねーくらいに若者だしッ」


「発展途上国かよッ」


「……あの夜のこと、ばらしますよ?」


 桜小路るるは、含み笑いながら、プロデューサーに脅しをかける。

 プロデューサーは、肩唾を飲み込みつつ、か細い声で問う。


「あの夜って……どの夜?」


 るるは、数秒の沈黙の後、ドアへと駆け寄りながらに言った。


「鎌かけてみただけだよッばーかッこのッとんちきッ」


 一人楽屋に取り残されたプロデューサーは遠い目をして呟いた。


「とんちきって……あいつ絶対、俺より年上だろ……」


 楽屋を足早に立ち去った彼女がこの番組に呼ばれることは二度となかったが、彼女が出演した回の放送後、ネットの片隅で『マーズアタッカーるる』という異名が付くことを、彼女が知るのはまだ遠い話。

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憎めない女 へろ。 @herookaherosuke

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