80.「体育祭――保健室」
橘を日陰へ連れて行き、桜木先生に容体を見てもらう。
僕が横で見守ること数分、桜木先生は「ふぅ~」と息を吐いた。
「意識を失っただけのようだ」
「そ、そうですか」
僕はそれを聞き、ホッとして上がっていた肩が下りる。
命に別条がなくて、ひとまず安心だ。
「じゃあこのまま保健室で寝かせる。また運んでくれるか?」
「もちろんです」
僕は桜木先生を先頭に橘の抱きかかえながら保健室へ。
校内には誰もおらず、とても静か。
グラウンドから放送の声や掛け声が聞こえるが、それも校内だとそれほどうるさい感じない。
歩くこと数分、保健室に着きベッドに橘を寝かす。
そして僕は静かにそのベッドの近くにあった椅子に腰を下ろした。
橘の寝顔を見るのは出会った次の日の朝以来。
あの時は可愛く見えたが、今はこのまま目を覚まさないかもしれないと思い少し怖い。
「楠、お疲れ」
「あ、ありがとうございます」
桜木先生から水を受け取り、頭を軽く下げてそう言う。
暑さ、焦り、橘を運んだこともあり、僕の喉はカラカラ。
ということで、受け取ってすぐ水を飲む。
「はぁ……疲れたぁ~」
「桜木先生って英語の先生ですよね?」
「あ、ああ、そうだが。それがどうかしたか?」
「いえ、手慣れていたなーと思いまして」
「そら元保健室の先生だからな」
「へ、へー」
僕はその言葉を聞き、驚いたが平然を装いそう言葉を返す。
しかし、英語が出来て、武術家のように強い桜木先生が元保健室の先生だなんて信じられないな。
桜木先生があのふんわりとした保健室の先生をしていたとか想像もつかない。
「その疑うような目は何だよ」
「いえ、別に」
顔には出ていたようだ。
あまりポーカーフェイスが得意じゃないから仕方ない。
「じゃあ、これでどうだ」
「ん?」
桜木先生は軽く髪を整え、姿勢を正す。
それから二回咳払いをして口を開く。
「あら、どうしたの?」
「え? なんか聞いたことあるような……って、あの時の!」
「はぁ……思い出したか」
桜木先生って僕が三階から落ちた時に保健室にいた先生だ。
口調や声が雰囲気が全然違うくて気付かなかった。
髪を整え、姿勢を正し、咳払いだけで女性はここまで変われるのか。
今凄いものを目にした気がする。
「全然違いますね」
「保健室の先生と担任ではイメージは違うだろ?」
「まぁそうですね」
「しかし、今の今まで気付いてなかったとは驚きだよ」
「なんかすみません」
何で僕は謝っているのだろうか?
いや、これは気付かないって!
もう人が違うもん。
てか、呆れられてるし。
まぁいいか。
「ところで、橘は何で意識を失ったんですか?」
「さぁーな」
両手を広げ適当にそう言い、「でも」と言葉を続ける。
「脈や呼吸、体温に関して異常はなかった。だから、熱中症や何か重い病気で倒れたわけではないはずだ」
「そうですか」
「まぁ心配する気持ちも分かるが、今は寝ているだけだから大丈夫だよ」
「寝てる?」
「そう、寝息も聞こえるじゃないか」
そう言われ、耳を澄ましてみる。
すると、橘の方から「すぅ~、はぁ~」という寝息が聞こえてきた。
「本当ですね」
「だろ? 意識を失ってそのまま寝たんだろうな」
「なるほど」
「楠は何か心当たりはないのか? 意識を失ったことについて」
橘が意識を失った原因。
午前は元気だった。
競技にもにも出てたしな。
まぁそれは午後も同じで、綱引きの三位決定戦が始まるまで普通だった。
そう考えると綱引きの時に何かあったのだと思うが、勢い良く倒れた時も僕の胸に倒れ込んで来たので頭は打っていない。
「思いつかないですね」
「なんか言ってたりは? 生理とか」
「いやいや、生理とか言わないですよ」
「そうか。仲が良いから言ってる思ってたわ」
僕はそれに苦笑い。
まぁあの橘なら言っていてもおかしくはないが。
それより女子には生理があるのか。
橘が生理だったとしても机上に振る舞ってそうだ。
もし生理なら貧血という可能性もあるな。
んー、他に倒れる可能性……可能性。
「あ、そう言えば、橘は寝不足だと言ってました」
実際には言ってないが、お弁当の準備ために夜遅くまで起きており、今朝は早起きだったから間違いない。
それを知っていたから午後は心配してたのだが、まさか本当に倒れるとは思ってもいなかった。
倒れたことに驚いて、僕は橘が寝不足だったことを今まで忘れていたけどな。
「寝不足か。恐らくそれが原因だろうな」
「そうでしたか」
「とにかく今はゆっくり寝かすことが一番だ。楠と橘はもう出る競技はなかったよな?」
「はい」
「分かった。じゃあ楠を橘の見守り役に任命する」
なんか任命された。
まぁ最初から見守る予定だったけど。
目を覚ますまで絶対な安心感が得られないからな。
それに目の前で見てないと心配で仕方がない。
「桜木先生はどこかに行くんですか?」
「教員リレーがあるんだよ」
「なるほど」
「じゃあそろそろ行くけど、何かあればすぐに呼びに来てくれ」
「分かりました」
桜木先生はそれだけ言い、急いで保健室を出て行く。
それによって保健室にいるのは僕と寝ている橘だけになった。
眠る橘は幸せそう。
僕が心配していることも知らずに夢を見ているのだろう。
そんな橘の頬に僕は掌を当てる。
汗が引いて少しひんやりした頬。
プニプニしていて気持ちが良い。
いつからか僕は橘の頬を触るのが好きになっていた。
寝ている橘の頬を勝手に触るなんて悪いことをしている気がするが、別に誰も見てないからいいだろう。
それに友達だからこれぐらいはいいよな?
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