81.「体育祭――教員リレー【巫女】」
アタシが保健室から出てから三十分後。
教員リレーが始まろうとしていた。
教員リレーとは教員が四チームに別れ、リレー方式で戦う競技。
順位によって何かあるわけではないが、教員も運動をして気分転換することを目的とした競技である。
だが、運動していない教員がほとんどなので怪我人はよく出る。
本当に毎年と言ってもいいぐらい出るからこの競技は意外と危ない。
「桜木先生、生徒さんは大丈夫だった?」
「寝不足だったようです」
「それは良かったわね」
「はい、一安心という感じです」
今、会話している人は現在二人いる保健室の先生の一人である。
名前は
超ベテランの保健室の先生だ。
「あ、さっきはいなくてごめんね」
「いえいえ、大丈夫ですよ。それより病院に連れて行った生徒はどうでしたか?」
「残念なことに足が折れていたわ」
「うわぁ……」
実は午前の100m走で一年生が派手に転び、足が凄いことに。
その子を畑山先生ともう一人の今年入ってきた新人――
というわけで、その間だけアタシが臨時で保健室の先生を任されていたのだ。
「親御さんは仕事だったらしくてね、仕事が終わるまでは上田先生にその生徒の傍にいるように頼んだわ」
「なるほど」
新人の上田先生もいきなり大変である。
畠山先生は教育のために任せたと思うが、なかなか骨折した生徒の傍にいることは難しい。
骨折は痛い上に精神面にも色々と影響を与える。
そこをどう支えてあげるかが大事だ。
『プログラムナンバー十一番。教員リレー! 先生たちが頑張って走るので、生徒の皆さんは応援してあげてください』
その放送を聞き、アタシたち教員はスタート地点へ移動。
四チームはもう決まっており、生徒と同じく色分け。
担任に属さない先生方はクジで決められた。
恐らく上田先生のいないところは誰かが二回走ると思われる。
そこは大人として臨機応変に対応するはずだ。
「では、また後でね」
「はい、転ばないように!」
アタシは畑山先生に苦笑交じりにそう言い、別れて自分のチームへ。
二年二組の担任なので、もちろん赤チーム。
教員リレーは一チーム九人。
アタシは赤チームの第四走者。
「あ、さっき振りですね、桜木先生」
「そうですね、松波先生」
そう言えば、松波先生は三年一組の担任。
アタシの次の第五走者である。
今更気付くとはアタシはまだまだこの学校の担任について知らない。
やはり一学年八クラスあると生徒の名前もだが、担任の名前と顔を覚えるのには苦労する。
最近やっと二年生の担任を覚えたぐらいだ。
他の先生方は一年生から引き継ぎなので羨ましい。
「生徒さん大丈夫でしたか?」
「はい、大丈夫でした」
「それは良かったですね」
ホッとした表情でそう言い、松波先生は爽やかな笑顔を浮かべ言葉を続ける。
「それにしても、あの時の桜木先生は凄かったですよ。何か『これぞ教師』って感じで!」
「や、やめてくださいよ」
松波先生がそう褒めてくるの対し、アタシは苦笑いでそう答える。
好きな人に褒められてしまったら照れずにはいられない。
顔ニヤニヤしてないかな? 大丈夫かな?
心はもうニヤニヤが止まらないよ!
はぁ……けどなぁ~、あの時のアタシは乙女っぽくなかったし。
女としてはあまりよくなかったかもな。
でも、生徒の命より自分を優先することはできない。
アレで可愛くないと思われたらそこまでか。
「いやでも、本当にカッコ良かったです。あの時、俺は何も出来なかったので、教師としてまだまだだと痛感しました」
「たまたまアタシが駆けつけただけですって」
あんまり褒められても困るな。
ニヤニヤが止まらない上に何と返せばいいか分からない。
それにアタシはアタシの仕事をしただけ。
あの時あの場で適切な対応が出来る人間はアタシしかいなかったのだから。
と言っても、今思えばあの対応が適切だったかは微妙。
橘の意識がはなかったので動かさず、その場で寝転ばして状態を見るべきだったのではないかと思う。
今日は暑いので熱中症の可能性が大いにあると考え、素早く日陰に移したが正しかったとは言い切れない。
「それよりバトンどうします?」
もう褒められることには満足したので話を変える。
それにそろそろ始まるからな。
「俺は右手でもらいますね」
「分かりました」
松波先生はアタシの言葉を聞き終えるとジャージを脱ぎ出す。
下に来ていたのはサッカーの服。
腕、足、それと胸元の筋肉が半端ない。
それには他の先生たち、生徒たちも視線がいく。
顔は爽やかだというのに、体は筋肉ムキムキとはギャップが凄い。
「どうですか? 意外と良い体でしょ?」
「あ、はい。ムキムキですね」
マッチョ系は嫌いじゃない。
それはアタシ自身が昔鍛えていたからだ。
軽く見ただけでどれだけストイックな生活を送っているか分かる。
本当に良い体だ。
「ありがとうございます! でも、桜木先生も良い体ですよね?」
「えっ?」
アタシが良い体?
確かに胸もそこそこあって、お尻もしっかりある。
加えて高身長でスタイル抜群。
自分で言っていて恥ずかしいが自信はある体だ。
しかし、まさかこの場ではっきり言ってくるとは驚きである。
イケメンは場所を選ばないのか。
流石にちょっと恥ずかしいというか何と言うか。
嬉しいんだけどね。
やっぱり乙女として……ね。
「昨日、見ましたけど、太ももや脹脛の筋肉、それと細いけどしっかりしている上腕二頭筋! いや、見事な体ですよ!」
「あっ……ありがとうございます」
えっと、良い体ってそういうことね。
あはははは……嬉しがっていたアタシがバカみたい。
まぁだよね、女性として見てないよね~。
はぁ……隠してたのに。
昨日、体操服なんて着るんじゃなかった。
「筋肉コンビで一位を取りましょう!」
「はい、頑張りましょう」
き、筋肉コンビだって……。
乙女には刺さる言葉だよ。
アタシ、悲しい。
武術とかするんじゃなかった。
弱々しい女子の方が可愛いもんね。
結果、赤チームが一位を取り教員リレーは幕を閉じた。
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