79.「体育祭――綱引き【2】」

 黄チームVS緑チームは激しい戦いを繰り広げた末に緑チームの勝利。

 勝因は緑チームの方が人数が多かったからだと思う。

 耐久戦で負けた感じだ。

 こちらとしては体力が減ってくれて有難い。

 加えて負けた黄チームは連戦。

 これは勝てるかもしれない。


「やはり人数の差は大きいですね」

「まぁそうだな」

「これなら警察官か消防士を雇っておくべきだした」

「いや、ダメだろ」


 それには即返答。

 まず警察官と消防士って雇えるのか。

 そこが疑問である。

 まぁその発想自体がもうぶっ飛んでいるんだが。


「父はよく雇っていましたよ、警察官」

「安全のためじゃないか? 綱引きを理由に雇わないだろ」

「確かにそうですね」


 言われなくても気付いてくれ。

 後、雇うなら運動系のラグビー部やアメフト部が強そう。

 大学とかに頼んだら行けそう。

 いや、まず高校の体育祭に助っ人とかダメだわ。

 橘のせいで感覚おかしくなったじゃないか。


「とにかくこの試合がラストだから頑張ろうな」

「はい、死ぬ気で頑張ります」

「そこまではしなくていいぞ」


 僕は両手を胸の前で握り、気合いを入れる橘を見ながら苦笑交じりに言う。

 最後の試合だからか超やる気満々だ。

 まぁ死なない程度に頑張ってほしい。


『さぁー、始まります! 三位決定戦! 青チームの入場です!』


 黄チームは連戦なので、僕たちは緑チームと場所を交代する。

 一回戦とは向きが逆だが特に問題はない。


 僕は手汗をズボンで拭き、深呼吸して集中する。

 橘の方も集中しているのか、配置に着いてからは振り返ってこない。


『では、構えてください』


 先ほど同様にその声で綱を持つ。

 静まり返るグラウンド。

 謎の緊張感がある。


 ――パンッ!


「んっ……よいぃ~しょ! よぉ~いしょっ!」


 橘は先ほどより歯を食いしばっているのか掛け声は大きくない。

 引っ張ることに集中しているのだろう。

 僕の方は声を出さないスタイル。

 ひたすら引っ張る。

 かなり態勢は厳しいが滑ることは許されない。

 拭いたはずの手汗もかき始め、綱が滑る。


「あぁ~あっ!」

「んっ!」


 僕はきつくなり、思わず声が出る。

 橘も同じのようで、歯を食いしばりながら唸っている。


 それにしても、一回戦で耐久戦をしたはずなのに黄チームの体力が凄い。

 この対決も耐久性なのだが、なかなか勝たせてくれない。

 まだ互角だが気を抜けば一瞬で終わる。


 もう三分を越えようとした頃。

 少し僕たちが引かれ始める。

 足がズルズルと前へ滑り、態勢が前かがみになっていく。

 このままでは負けてしまうが、そろそろみんな限界。

 僕も手の感覚があまりない。

 動いていないのにこんなにも疲れるものなのか。


 ――クソっ、一体黄チームの体力どうなってんだよ……。


 そう思いながらもう心が折れそうになる。

 だが、その時だった。


「うわっ!」

「……」


 いきなり引っ張られていた力が無くなり、態勢が後ろへ。

 それには僕も声を漏れる。


『最後まで粘った赤チームの勝利!』


 そんな声が聞こえた時、僕は尻餅をついていた。

 胸元には橘の頭がある。

 勢い余って飛んできたんだろう。

 全てを出し切ったのか目を閉じている。


「橘、勝ったぞ」

「……」


 二人三脚のように喜びを露にすると思っていたが反応がない。

 僕はおかしく思い、頬をツンツン。

 続けて頬をムニューっと引っ張る。

 だが、動かない。

 それどころか目すら開けない。

 まるで、その姿は人形そのもの。

 そう思った瞬間、体中に寒気が走り、嫌な予感がした。


「お、おい! 橘っ! どうした!? どうしたんだよ!」


 肩を揺らすが無反応。

 意識がない?

 嘘……だろ?

 一体、何があったんだ?


 僕の声を聞き、周りを囲む生徒の間を抜け、寄ってきたのは桜木先生。


「はぁっ、はぁ……楠、ど、どうした?」

「橘の意識が……」


 僕は桜木先生を見つめてそう呟く。

 今、胸の中にいる橘の意識がないと思うと怖い。

 戻らないと思うと更に怖い。

 手が震えて息が詰まる。


「落ち着け、楠」

「無理です。落ち着いてないです」

「正直か。まぁいい。まず橘を日陰の方に連れて行く。アタシについてこい!」

「わ、分かりました」


 僕は丁寧に橘を抱え、桜木先生が走る方へ向かう。

 桜木先生が「見せ物じゃないんだ! 道をあけてくれ!」と生徒に言うと、すぐに生徒は道をあけてくれた。

 周りを囲まれ凄く見られているが、邪魔をされなかっただけマシだ。

 バカ騒ぎしている高校生だとしても、今目の前で起こっている事の重大さぐらいは理解しているらしい。


 ――橘……目を覚ましてくれ。

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