75.「体育祭――昼休憩【2】」

 新たな体育祭競技――『お弁当を褒めよう』はボディービルダーの大会みたいになっていた。

 卵焼きを食べた時は「この卵焼きフワフワのトロットロ! 美味いな!」。

 ポテトサラダを食べた時は「野菜たっぷりで触感最高ぉ~! 美味すぎ!」。

 という感じで料理を一つずつ褒めまくった。

 橘は褒められる度に嬉しそうな表情を浮かべ頬がもう緩々。

 でも、体はルンルンしており、終始幸せそうにしていた。


 しかし、一度だけ事件が起こった。

 それはウインナーを食べた時。

 他の料理と同じように「このパリっとした歯ごたえと溢れ出す肉汁! 美味いよ!」と言った結果、橘に「そのウインナーはただ焼いただけですよ」と少し怖さのある声で言われ、少し変な空気になった。

 まさかの落とし穴に僕はすぐに切り替え、横にあったミートボールを褒めて何とかセーフ。

 今思えば、ミートボールも手作りの料理ではない可能性が高い。

 よく攻めてミートボールを褒めたものだ。

 自分自身を褒めてあげたい。


「よく食べたなぁ~」

「本当にいっぱい食べましたね。美味しかったですか?」

「美味しかったぞぉ~」


 まだ褒めたりないのかと思いながらそう呟く。

 こちらはもうお腹いっぱい。

 午後の競技で動けるか心配だ。


「それは良かったです。ですが、実はまだデザートがあります!」

「で、デザート?」

「はい! デザートです!」


 本命はお弁当よりデザートだったようで自信満々にそう口にする。

 今、手に持っている箱にデザートが入っているに違いない。 


 しかし、このタイミングでデザートか……。

 デザートは別腹とか言うが、あの量を食べた後に食べれる気がしない。

 橘にまだ余裕がありそうなのは、恐らくこのデザートを知っていてお弁当を食べていたからだろう。

 最初に言ってほしかった。

 恐らくサプライズだと思うが。


「で、デザートは何なんだ?」

「ふっふーん! よくぞ聞いてくれました!」


 橘は続けて「じゃーん!」と言いながら、手にある箱をゆっくり開ける。

 その中に入っていたのは……


「イチゴ?」

「正解です!」


 ヘタの部分が取られたイチゴ。

 橘がデザートと言うものだから凝ったケーキ系の何かだと思っていていたぞ。

 イメージのパワーって凄いな。

 でも、シンプルなイチゴで本当に良かった。

 これなら食べられる上に普通に嬉しい。


「ケーキかと思っていたよ」

「ケーキが良かったのですか?」

「いやいや、イチゴで良かった。うん、イチゴ嬉しい!」

「それは良かったです!」


 では、早速いただくとするか。

 僕は大きなイチゴを手に取り、大きく口を開けて一口で食べる。


「うぅ~んっ! 美味い! やっぱりイチゴ最高~!」

「くっ、楠君が超笑ってます! 頬が緩々です! 脳内に保存しないと!」


 僕はイチゴの甘味酸味に幸せを感じる中、橘はそんな僕を見て幸せそうにしている。

 イチゴを食べているだけで、二人とも幸せになれるとは。

 この世の幸せ=イチゴでいいのでは?

 イチゴ最高! イチゴ最強!


 ダメだ、手が止まらない。

 先ほどまでアレほどお腹いっぱいだったのに。

 これが別腹というのものなのか。

 僕にはイチゴ腹があるに違いない。

 優秀な胃である。


「これが幸せかぁ~」

「楠君はイチゴ一つでこんなに変わるのですね。これはイチゴを買い置きしてこの姿を毎日見るのもいいかもです!」

「はっ、僕は一体どうなっていたんだ?」


 急に現実に戻って来た。

 同時に満腹感も戻ってくる。

 何が原因で僕は我に返ったのだ。


「あぁ……楠君が戻りました」

「僕はどうなっていたんだ?」

「頬を緩々にして超可愛かったです」

「感想は聞いてないが、橘の感想で何となく分かった」


 僕の顔はかなり緩んでいたようだ。

 あまり記憶にない。

 イチゴが美味すぎて脳がイチゴに侵略されていた。


「あ、イチゴがなくなったから元に戻ったのですね」

「そういうことか」


 イチゴが無くなったことにより僕は正常になったのか。

 急に現実に戻ってきた理由も納得。

 さっきまでイチゴ農園にいたのに。


「そう言えば、私イチゴ一つも食べてません」

「え? 何個あったんだ?」

「十二個ほど用意したのですが」


 僕は一人で十二個もイチゴを食べたのか。

 イチゴとは悪魔の実だ。

 しかし、橘に一つも食べさせなかったのは申し訳ないな。

 でも、橘も食べずに僕を見つめていたからな。

 まぁ一応謝っておくか。


「悪いな」

「いえいえ、私も充分堪能しましたので!」


 何を堪能したのだろうか?

 橘は橘で何か用意していたのか?

 ならいいが。


「それよりこのイチゴはどこのやつだ?」

「岐阜県産のイチゴです」

「イチゴは栃木県のイメージが強いから意外だな」


 岐阜県のイチゴか。

 出荷量が多い県ではなかったはずだが。

 とにかく岐阜県のイチゴは美味しいと覚えておこう。


「ブランドイチゴになると県は関係ないですからね」

「ブランドイチゴ?」


 聞いたことがない。

 イチゴにブランドがあるのか?


「はい、ブランドイチゴです。今回用意したものは一粒一万円の高級イチゴ!」

「えっ……えええ、えぇぇぇえ!?」

「どうかされましたか?」

「い、いいい、今一粒何円って?」

「一万円です。特別のお弁当でしたからね!」


 ん?

 一粒が一万円。

 パックではなく一粒が一万円。

 僕は十二個食べました。

 計算しましょう。

 一万円×十二個=十二万円。

 ん?


「そら頬が緩むぐらい美味いわけだ」

「また頼みますね!」

「特別な時に頼むわ」

「はい!」


 橘は一つも食べていないというのに満足気にそう言う。

 確かに違うものを堪能したとか言っていたな。


 ところで、今僕は十二万円を食べたのか。

 はぁ……謎の罪悪感。

 橘の金銭感覚にはまだ慣れないな。

 てか、体育祭に一粒一万のイチゴはダメだって!

 もっとゆっくり味わって食べるべきだったな……。

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