76.「体育祭――昼休憩【巫女1】」
楠と橘が屋上で昼食を食べていた頃の話。
体育祭の午後の準備を済ませ、職員室に戻ったアタシ――桜木巫女。
『お弁当は一人一つです』
そんな貼り紙がダンボールにされているが、ダンボールの中にお弁当はなかった。
恐らく発注ミスか。
もしくは誰かが二個持っていたか。
どんな理由だとしても、アタシのお弁当がないことに変わりはない。
他の先生たちは職員室にはいない。
みんな自分の教室などで生徒たちと食べているはずだ。
こういう時は校長に言うべきなのだが、校長と教頭は学校の近くにある中華料理店で昼食中。
去年そうだったから間違いない。
アタシも外で食べに行ってもいいのだが、今からだと午後の仕事に間に合いそうにない。
「はぁ……昼食なしはキツイな」
仕方なくアタシは保健室に向かう。
四月まで保健室で働いていたから分かるが、保健室には意外と食べ物が多い。
非常用の食料や保健室で働く先生のお菓子など。
まぁ今日はこれで昼食を済ませるしかない。
「あ、桜木先生!」
「こ、こんにちは、松波先生」
「もうお昼は済ませたんですか?」
「いえ、お弁当がなかったので今から保健室で何かあるか見に行くところです」
松波先生の手にはお弁当。
恐らく今から食べるのだろう。
はぁ……お腹が鳴りそうだけど我慢しないと。
「実はそれ俺がお弁当を忘れた生徒にあげたからなんですよ」
「えっ?」
「だから、このお弁当は桜木先生のですね」
松波先生はそう言いながら手に持っていたお弁当を渡してくる。
「でも、これ松波先生のじゃ――」
「違います。確かに僕がこのお弁当を最初に取りましたが、生徒の分を渡してから一人分足りなくなることに気付きまして、ずっと足りなくなっている先生をここで待っていたんです」
わざわざ食べずにここで待っていたなんて。
松波先生って本当にイイ人。
けど、やっぱり受け取れない。
今日一番動いていたのは体育教師である松波先生。
絶対にお腹が空いているはずだし、午後からも動かなくてはいけないから食べるべきなのは松波先生の方だ。
「アタシはいいです。松波先生が食べてください」
「でも――」
「お腹空いてないので」
アタシは苦笑交じりにそう言い、去ろうとする。
だが……
――グゥ~!
「さ、桜木先生やっぱり空いてるじゃないですか!」
去ろうとする私の手を掴み、そう言ってくる松波先生。
それよりお腹が鳴ってしまった。
は、恥ずかしい……。
「今のは違います」
――グゥ~、グゥ~!
「お腹は正直みたいですね」
「……」
もう誤魔化すことはできない。
でも、貰うのは申し訳ないしな。
「じゃあ、これ食べてくださいね!」
松波先生は爽やかな笑みを浮かべながらお弁当を渡してくる。
そして「失礼します」と一言。
――止めないと……止めないと!
「あ、あのっ!」
「ん?」
アタシは少し大きな声を出し、松波先生を呼び止めた。
そんなアタシを松波先生はにこやかな笑みで見つめながら首を傾げる。
「い……一緒に食べませんか?」
「それはどういう?」
アタシ言うんだ!
頑張れアタシ!
チャンスだ、アタシ!
「このお弁当を二人で食べようかなーっと」
言ったぁ~!
アタシは言ったぞ!
こんなイケメンを昼食に誘ったぞ!
まぁ断れるだろうなぁ……。
生徒になんか近寄りがたいとか言われたし……。
「いいんですか!」
「えっ?」
「嬉しいです!」
松波先生はこちらに寄ってきて凄まじい威力の笑顔を向ける。
か、カッコイイ……。
でも、まさか本当に一緒に食べられるなんてな。
誘ってみるもんだ。
――よしっ!
「じゃ、じゃあ保健室で食べましょうか」
「そうしましょうか。二人で食べているところ見られると面倒事になりそうですからね」
松波先生はそう言い終えると自然にウインクをする。
それにアタシの心は完全に奪われた。
前から好きだったけど、もう耐えられない。
面食いなのは分かってる。
けど、あんなことされたもう無理だよ。
高校生の時の体育祭で別れて以来の恋。
――あぁ~どうしようぉ~!
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