74.「体育祭――昼休憩【1】」

 午前の種目が全て終了し、昼休憩に入った。

 生徒は校内で昼食を食べることになっているので、僕と橘は一緒に教室へ戻る。 


「今日はどうする?」

「教室にいると色々とうるさくなると思うので屋上に行きましょうか」

「ん、分かった」


 そういうことで僕たちはお弁当を持ち、いつも通り屋上へ。

 もちろん屋上には誰もいない。

 とても静かで夏らしい風が吹いており心地良い。

 風に揺れる花壇に咲く花のざわめきが草原を感じさせる。

 ここはグラウンドとは真逆の空間だ。

 グラウンドが『熱血』なら屋上は『爽やか』である。

 やはり僕にはこちらの方が落ち着く。


「なんか幸せそうですね」

「え? そうか?」

「はい。ホッとしてるというかそんな感じです」

「体育祭で色々あったからな」

「そうですね」


 借り物競争の後、僕たちは注目を浴び続けていた。

 僕と橘が一緒にいる姿を見て周りからは色々な言葉が飛んできた。

 噂と言うやつである。

 周りからは僕が告白を断ったのに、橘と仲良くしていると見えていたらしい。

 それが不思議で仕方なかったようだ。

 まぁ確かに本当にそうならおかしな光景ではある。


「今日のお弁当は豪華みたいだな」


 お弁当箱がもうなんか凄い。

 浦島太郎の玉手箱みたいな感じだ。

 いつもは二人別々のお弁当箱なのだが、今日はお弁当箱が一つ。

 二人で一緒に食べる感じなんだろう。


「はい! 体育祭なので気合いを入れて作りました!」

「今朝も朝早くから起きてたもんな」

「四時起きです」

「おばあちゃん?」

「えへへ、おばあちゃんしてしまいました!」


 借り物競争以来見せることのなかった笑みを浮かべる橘。

 僕はそれを見てホッとする。

 笑顔じゃない橘なんて橘じゃない。

 とは言わないが、橘には笑顔が一番似合う。

 なんか安心感があるというか何というか。


 ところで『おばあちゃんしてしまいました』とはどういうことだよ!

 また橘オリジナルの言葉か?

 意味的には『早起きする』だと思う。


 てかさ、橘オリジナルの言葉の意味を分かり出した僕が怖いんだけど。

 いや、今のはたまたま分かりやすかっただけか?


「楠君、今日はベンチではなく、レジャーシートを地面に敷いて食べましょう」

「じゃあ、僕がレジャーシートを敷くよ」

「お願いします」


 僕は橘からレジャーシートを受け取り、豪快に広げて敷く。

 レジャーシートを使うのなんていつ振りだろうか。

 小学校の遠足とか?

 中学校でも遠足したかな?

 もう記憶にないぐらい前のようだ。


 橘は敷き終わったレジャーシートが風で飛ばされないように素早く乗り、お弁当の用意を始める。

 一方、僕は重りになるものを角に置き、レジャーシートを固定。


 ――グゥ~!


「ふふっ、楠君のお腹が鳴りましたね」

「橘じゃないのか?」

「嘘はいけません! チョップです! えいっ!」

「いたっ!」

「え、痛かったですか?」


 僕の痛がる姿を見て心配する橘。

 あわあわとしている姿がとても可愛らしい。


「冗談冗談。焦るぐらいならするなよ」

「むぅ~」


 橘はそれを聞き、頬を膨らませて少し怒った表情をする。

 少しからかいすぎたかな。


「とにかく食べようか」

「そうですね。準備もできましたし」


 僕たちはレジャーシートに座り、お箸を持つ。

 そして二人で「いただきます」と言って昼食スタート。


「この箱は何段あるんだ?」

「三段です!」


 一段目は色んな種類のおにぎり。

 二段目は揚げ物や焼き魚。

 三段目は卵焼きやサラダ類。


「こんなに食べれるか?」

「お腹が鳴った楠君なら大丈夫です!」


 まだそれ言うのね。

 でも、確かにいつも以上にはお腹が空いている。

 橘と二人でこの量ならいけるかもな。


 まずはおにぎりを手に取り、口へ運ぶ。

 その姿を橘は心配するように見つめている。


「美味いな」

「本当ですか!?」


 橘は太陽より明るい笑顔で嬉しそうにそう言う。

 反応を見る限り気合いを入れて来ただけあって感想が気になっていたという感じか。

 いつものクオリティを知っている僕からすれば、そんな心配など必要ないと思うが、作り手の橘には何か違ったのだろう。


「ああ、中は昆布か?」

「昆布と思ったのなら昆布だったのだと思います」


 その言い方だとまた中に色々な具材が入っているという感じか。

 変な物が入ってなければいいけど。

 まだ午後もあるしな。


 次に僕は箸で唐揚げを取り、おにぎりを飲み込んでから口に入れ噛む。

 その瞬間、口内に飛び散るように広がる肉汁。

 噛めば噛むど唐揚げの味が出て美味い。

 いつもより深い味で肉の身もしっかりしている。


「唐揚げもいつもより美味いな」

「そう言ってもらえて嬉しいです。昨晩から今朝まで肉に味を付けるために寝かしておいた甲斐がありました!」

「良い味が出てるよ」


 僕の感想を聞き、満面の笑みで「ふふっ、ありがとうございます」と口にする橘。

 味について気付いてもらって嬉しかったのか、今にも踊り出しそうぐらいニヤニヤしている。


 それにしても、まさかそこまでしていたとは驚きだ。

 気合いの入れ方が予想以上。

 今日のために前の日から準備しているとは流石に思っていなかった。

 昨日は夜遅くに帰宅したというのに橘は凄い。

 寝るのも僕より遅かったしな。

 一体、何時まで用意して午前四時に起きたのやら。

 倒れないか少し心配になってきたぞ。


「他のおかずもいつもより美味しくなっているので、その度に感想を言ってくださいね! 美味しいだけでもいいですからね! 本当に美味しいの一言だけでも構いませんよ!」

「あ、うん。そうするよ」


 な、なるほど。

 そういうことだったのか。

 橘が気合いを入れてお弁当を作った理由が分かったぞ。

 はぁ……仕方ない奴だな。

 そんな念を押さなくても、ちゃんと橘の望むような言葉を言うというのに。


 ――まぁとにかく……全力で褒めてやるか!

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