72.「体育祭――借り物競争【1】」
「お、始まったな」
「ですね」
松波先生によってピストル音が鳴らされ、借り物競争がスタート。
借り物競争では、紙が置かれたテーブルまで走り、紙を一枚取って紙に書かれたお題を行うという感じ。
昔はその名の通り物を借りていたのだが、今の時代はお題を行うの主流。
わざわざ返しに行くのが面倒な上、借りた物が壊れた場合が大変だからな。
借り物競争は盛り上がりながら進み、ついに橘と青葉の番に。
レーンに並んだのは女子四人。
橘と青葉は一レーンと四レーンで端同士。
真ん中の二人は他クラスの女子だと思う。
そして準備は整い、その時は来た。
――バンッ!
「橘は運動も出来て優秀だな」
「その意見には同感です」
「さぞかしモテるだろうな」
「多分モテているんじゃないですか」
先行したのは青葉。
ホッケー部で毎日運動しているだけあって、足の速さ瞬発力は頭一つ抜けている。
そんな青葉に続くのは橘。
ここまで二競技に出場しているが、その疲れを感じさせない力強い走りだ。
「応援しなくていいのか? 橘はモテるんだろ? イケメンに取られるぞ!」
その言い方だと僕がイケメンではないように聞こえるが、実際イケメンではないので文句は言えない。
「橘は顔では選びませんよ」
「信用してるんだな」
「別に橘が面食いみたいに言われたので否定しただけです」
「ふーん」
意味深な表情で鼻を鳴らす桜木先生。
僕はそれを聞き流し、橘の応援を始める。
「たちばなぁ~! 頑張れぇ~!」
「なーんだ、やっぱり応援するのか」
「僕は一言も応援しないとは言ってませんからね。それに友達ですから」
友達を応援することは当たり前(初めてするけど)。
今、目の前で橘が必死に走っているんだ。
僕も出来るだけ力を与えてあげたい。
「たちばなぁ~! 行けるぞぉ~!」
まだ橘が必死に走る中、一番最初にテーブルへ着いたのは青葉。
素早く紙を取って内容を確認。
しかし、何故か急にその場で足をバタバタさせ目をキョロキョロし始めた。
その間に橘がテーブルに到着。
呼吸を整えながら紙を取り、内容を確認。
だが、時が止まったように橘の動きが止まった。
二人とも難しいお題だったのだろうか?
二人が動けずにいると後ろの二人が紙に書かれた内容を見てすぐに動き出す。
一気に追い抜かされ、一瞬にして逆転された。
これが借り物競争の醍醐味だが、僕が応援しているのは橘。
やはり悔しい。
「たちばなぁ~! 動けぇ~! 絶対! 橘なら大丈夫だぁ~!」
その瞬間、パッとこちらを見てゆっくり足を前に出し動き出す。
同時に青葉も何か覚悟を決めたようで動き出した。
「やっと動き出したな。いやぁ~、二人揃って何をしているのやら」
「お題が悪かったのでしょう」
「そんなことないって松波先生が作ったんだし」
何だ、その理屈は。
理由になっていない。
松波先生が意地悪なお題を書いている可能性もあるだろ。
顔がイケメンだからって中身までイケメンとは限らないしな。
「それよりさ、なんか二人ともこっちに来てないか?」
「来てますね。非常に怖い光景です」
「確かになんか怖いな」
そう、なんか怖い。
橘と青葉は何故か真顔。
ニコニコしながら走って来ているなら、恐らく怖いという印象は抱かなかっただろう。
急に動かなくなったり、真顔でこちらへ走ってきたり。
一体、どんなお題なんだ。
「お題は桜木先生の化けの皮を剥げせとかですかね」
「元々、剥がれているだろ」
「あ、そうでした」
僕の返答に少しむっと頬を膨らませる桜木先生。
自分で言っておいて怒らないほしい。
「アタシじゃないとなると楠がお題に関係しているんじゃないか?」
「どういうお題で僕になるんですか。ないですよ、ない!」
「例えば、テストの総合点数がトップの生徒とか」
「あー、なるほど」
それなら僕のところに来る理由も分かる。
一、三年のテストの総合点数がトップの生徒は知らないしな。
でも、一つおかしな点がある。
それは内容を確認して動かなくなった点。
僕はずっと二年二組のテントにいたし、それを二人は知っていたと思う。
だから、止まる理由などなかったのだ。
「まぁ二人ともがどちらか一人のもとに来るとは限らないけどな」
「僕たち二人ともに来るという可能性もありますもんね」
たまたまどちらかが僕でどちらかが桜木先生に関するお題の可能性の方が高い。
「こんな会話をしておいてアタシたちじゃない可能性もあり得るぞ」
「それ一番恥ずかしいやつですよ」
僕の言葉に桜木先生は「だな」と返し軽く笑う。
けど、僕たちじゃない可能性は低いと思うんだよな。
はぁ……個人的には僕だけではあってほしくない。
まぁ橘の願いならある程度は力になるつもりだけど。
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