71.「体育祭――桜木先生と二人」

 最前列に一度座ったが、水とタオルを取りに先ほどの席へ戻る。


「お、ハグしてた楠じゃないか」

「やめてくださいよ、桜木先生」


 話しかけてきたのは担任の桜木先生。

 昨日とは違い、ジャージだ。


「いやー、アタシの体育祭の失恋話を聞いておいてあれはないぞ?」

「だからって、放送で注意しなくてもいいじゃないですか」

「前に不純異性行為は学校外でやるようにと言ったのにやるからだろ」

「ハグは不純異性行為に入るんですか?」

「さぁー知らん」


 桜木先生は適当な表情で適当にそう口にする。

 適当極めすぎだろ。

 もう少し真面目に話してほしい。

 一応教師なんだしさ。


「それより何でここにいるんですか?」

「仕事がなくなって暇だったから見に来たって感じ」

「へー」

「もう少し喜べ」

「喜ぶ要素ありました?」

「心の声が出てるぞ、楠」

「大丈夫です。意図的です」


 相変わらずラフに話せる人だ。

 教師とは思えない。

 最近は関わりが多かったこともあり、喋る回数も増えた。

 そのせいでなんか気に入られているような気もする。

 今だって他の生徒がいるのに、僕に喋りかけてきたしな。


「そう言えば、愛しの橘はどうした?」

「愛しではないですが、友達の橘なら借り物競争です」


 僕はそう言いながら最前列の席に座る。

 自然に桜木先生も横に座った。


「橘は二人三脚だっただろ?」

「退学した四人の代打です」

「なるほど」

「それより一つ聞きたかったことがあるんですがいいですか?」

「もちろん。スリーサイズは無理だが、足のサイズまでなら何でも教えてやる」


 誰も桜木先生の足のサイズには興味ない。

 スリーサイズはまだ需要ありそうだけどな。

 でも、教えてくれないらしい。

 まぁこれが普通だ。

 橘を基準にしてはいけない。


「学校側はいつあの四人の退学を表に出すんですか?」

「来週に転学という形で言うよ」

「実際のところはどうなったんですか?」

「……少年院……」


 桜木先生は小声でそう言う。

 僕は耳を疑ったが、聞き直すことはしなかった。


「内緒だぞ?」

「もちろんです」


 言えるはずがない。

 でも、その結果を変に思うことはなかった。

 なぜなら彼らは僕にナイフを向けた。

 それは殺人未遂行為と認められてもおかしくない行動。

 加えて一年以上にも及ぶ虐め。

 妥当な判断だろう。


「そろそろ始まるな」

「はい」

「愛しの橘を見逃すなよ」

「友達の橘を見逃さないようにします」


 そう言い直し、スタート地点へ向かう集団から橘を探す。

 数秒もしないうちに橘を発見。

 あの銀髪はよく目立つ。


 橘は前から一、二、三……七番目。

 同じ場所に青葉の姿もある。

 借り物競争はクリアタイムで得点が決まるので、クラスメイトと同じになることもあるのだ。


「借り物競争の内容って誰が決めたんですか?」

「イケメン体育教師の松波まつなみ先生だよ」

「松波先生ですか」


 松波先生――松波新まつなみあらた

 二十代後半の若い男性教師。

 体育教師をしており、サッカー部を担当。

 爽やか系イケメンで細いがガッチリしている。


 しかし、体育教師も大変だな。

 体育祭の準備に加えてこんなことまでしないといけないのか。

 まぁ中間テストに体育がないから当然と言えば当然だが。


「ちょっと意外だったか?」

「意外と言うか大変そうだなーと」

「アタシもそう思って手伝うように言ったんだが、なんか楽しそうに書いてたよ」

「それは意外ですね」

「だろ? 毎年自分から立候補するとか」

「へー、忙しいのに」

「お題を考えるのが楽しいんだろうな」


 お題を考えることが楽しいか。

 僕には理解できそうにない。

 正直言って、考えることが面倒くさいと思う。

 加えて、お題の数が多い上にネタは限られている。

 それを忙しい中、楽しく書いているということは一年かけて考えているのかもな。

 松波先生の机の中とか漁ったら『借り物競争――お題』と書かれたノートが出てきそうだ。


 桜木先生と雑談をしている間に借り物競争の準備が完了。

 雑談の話題になっていた体育教師の松波先生がピストルを空へ向ける。

 そして耳を抑え、引き金を引いた。

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