70.「体育祭――カップル!?」

 僕はジンベエザメのようにコバンザメ(橘)を体に付けながら、冷たい視線を受けてテントに戻る。

 二人三脚の紐はゴール後、僕が外しておいた。

 橘はずっとこんな感じだったからな。


「二人はカップルなの?」


 青葉がそんなことを聞いてくる。

 周りには他の女子も興味津々といった感じでこちらを見ていた。


「はい、カップル――」

「じゃない。ただの友達だ」


 橘が変なことを言いそうだったので、横から遮りそう否定する。

 でも、この姿を見れば誰だって勘違いするだろう。

 養われてからというもの橘の距離感が近い。

 しかも、日に日に近くなってきている。


「そ、そうなんだ。けどさ、ハグした時はビックリしたよ」


 その青葉の言葉に周りは頷く。


「練習してたから嬉しくてなって、その場のノリ的な感じだ」

「ノリで出来るなんて仲良しだね」

「まぁ、まぁな」


 僕は苦笑交じりにそう言うと、青葉は引きずった笑顔で青葉の周りの女子はニヤケ面でどこかへ去って行った。

 青葉たちの誤解は多分解けたと思うが、他の生徒からは間違いなくカップルだと思われているはずだ。

 特に関わることもないので別に構わないけど、橘が好きな男子生徒からは反感を買いそうで怖い。


「おい、橘。そろそろ離れたらどうだ?」

「一位です、一位です」


 橘は寝言を言うように言葉を吐いているが、そろそろ夢から覚めてもらおう。

 これ以上は正直恥ずかしい上に暑い。


「チョップ!」

「いてぇ……な、何するのですか!」

「橘が離れないからだ」

「だって、嬉しいんですもん!」

「『嬉しいんですもん!』じゃない」

「今のって私のモノマネですか?」


 橘のやつ一位になってから気分が良さそうだな。

 僕がモノマネしたことも弄ってきたし、まだ離れようとしない。

 猫でも流石にそろそろ離れるぞ。


「むっ!? な、なにずるのですが!」

「言うことを聞かない子にはこの顔が一番だ!」


 僕は先ほどより強くブニューっと頬を掴みタコの口にする。

 キスじゃないと分かっていれば、橘も恥ずかしいはずだ。


「ギズでずがぁ~、ギズずるのでずがぁ~」


 ダメだこりゃあ……。

 橘はキスじゃないと分かっていてもキスと言うようだ。

 今の状況で周りにキスという言葉なんて聞かれたら、もう取り返しのつかないことになる。

 残りの高校生活バカップル扱いになること間違いない。

 バカップルだけは嫌だ。


「はぁ……さっきしないって言っただろ? それより流石にそろそろ離れてくれないか?」

「もっ! 仕方ないですね!」


 僕は手を離しながら呆れた表情で冷たくそう言う。

 すると、橘はやっと僕から離れてくれた。

 一体、何分抱きついていたんだ。

 僕は抱き枕じゃないんだぞ。

 ほら、汗で体操服がビチョビチョ。


「暑いとか思わなかったのか?」

「暑かったですけど、体が離れなくて」


 なんかの催眠術にでもかかったのかよ。

 それともコバンザメか引っ付き虫の呪いか?

 もう怖いよ。

 本当に怖いから。


「もう公共の場でこんなことはやめてくれよ」

「それは公共の場以外ならいいということですか?」

「えっ?」


 一等星ぐらい光輝く瞳をこちらに向けないでくれ。

 何だよ、その期待するような瞳は。

 まず何を期待してるんだ。


「だから、公共の場以外ならいいのですか?」

「ダメだ!」

「なら公共の場でします。どっちがいいですか?」


 なんかハグを常設化しようとされている。

 どちらを選んでもハグはされることになる。

 これは二択であって二択ではない。


「分かった。公共の場ではするなよ」

「ふふっ、言いましたよ!」


 どこを間違えてこうなったのやら。

 ハグしたことが最大のミスか。

 僕のバカ。バカバカバカ。


「あのー借り物競争に出てくれる人いませんか?」


 大声でそう叫ぶのは体育祭実行委員の山瀬。

 何やら人が足りないようだ。

 僕と橘はすぐに山瀬のもとへ。


「どうしたのですか?」

「実は野球部四人の代わりを決めておくの忘れていて」

「後、何人必要なのですか?」

「二人必要だって一人は林君がやってくれて残り一人なんだけど」


 林は相変わらずいいように使われているな。

 しかし、残り一人か。

 恐らく四人中二人が借り物競争で、他の二人は二人三脚だったのだろう。

 先ほども代打で誰かにやってもらったはずだ。


「残り一人ですか。山瀬さんは確か――」

「元々借り物競争だよ」

「ですよね。はぁ……どうしましょうか。誰かーやってくれる人はいませんか?」


 ――シーン!


 橘がそう聞いてみるが誰一人として声を出さず、目を逸らしている。

 でも、これは当然な光景だ。

 だって、一番不人気な競技の代打を頼んでいるのだから。

 決める時も停学中の人に押し付けた競技だしな。


「亜夢ちゃん、どうする?」

「んー」

「僕がやろうか?」

「く、楠君がですか?」

「どうせ暇だからさ」


 僕はもう午前の競技はない。

 だから、別に出ても構わないと思ったので言ってみた。

 それに去年一応借り物競争してる。

 まぁ友達がいなかったせいで、凄く時間がかかって結局先生に協力してもらいゴールしたって感じだったけどな。

 でも、今年は何とかなるだろう。

 友達じゃなくても話せる人は少しだがいるしな。


「お、お願いしてもいいの?」

「別に構わな――」

「ま、待ってください。楠君はダメです」

「亜夢ちゃんどうして?」

「去年、楠君の借り物競争で体育祭が静まり返ったので」


 ――グサッ……。


 それだけは言うなよ。

 あの静まり返った時の地獄。

 もうみんなが見てられないっていう顔をするんだよ。

 思い出しただけでも寒気がする。


「なるほど。あの事件は楠君でしたか」


 事件?

 アレなんかの事件なの?

 裏でそんなこと言われてたの?

 僕、知らなかったんだけど。


「はい。楠君です」

「じゃあどうする?」

「仕方ありません。私が借り物競争に出ます」

「本当に!」

「そういうことなので、楠君は賢くここで待っていてください」

「あ、ああ」


 僕は犬か。

 飼い犬か幼稚園にしか言わないセリフだぞ。


「じゃあ亜夢ちゃん行こ!」

「はい、急ぎましょうか」


 二人はそう言い、急いで借り物競争の集合場所へ向かって行った。

 僕はそのままその場に座る。

 テントの最前列だ。

 橘を応援するには絶好の位置だろう。


「……橘、頑張れ……」


 僕は誰にも聞こえない声でそう呟いた。

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