69.「体育祭――二人三脚」
時は来た。
現在、僕と橘は二人三脚の集合場所にいる。
二人三脚の紐はまだ橘が持っており、スタート地点に着いてから付ける予定だ。
「緊張してるのか?」
「す、少し」
「珍しいな」
本当に珍しい。
橘が緊張することなんてまずない。
人前やテスト中でも常に冷静。
先ほどの100m走も緊張した様子はなかった。
「友達と一つのことをこんなに練習したことがなかったので、もし本番で失敗したらと思うと……怖いのです」
「アレだけ練習したのに、そんな心配あるか?」
「そう自分でも思うのですが……」
僕は顔を下げる橘のプニプニな頬を右手でブニューっと掴む。
口がタコみたいになっていて面白い。
「本番なんだから笑顔だ笑顔!」
「く、ぐずのぎぐぅん~」
「なっ、何だよ、その顔っ!」
僕はタコみたいな顔と面白い口調にもう我慢できなくなって笑う。
橘はそれに「むぅ~」と唸るが、すぐに同じように笑みを浮かべた。
それを見て僕はもうこの手はいらないと判断し、ゆっくりと離す。
同時に橘が嬉しそうに口を開いた。
「楠君が超笑顔でした!」
「そら面白い顔だったからな」
「でも、ビックリしました」
ホッと肩を撫でおろす橘。
急に頬を触られたら、そら驚くよな。
僕は安心させるためにやったが、冷静になって今の行動を考えるとなかなか大胆だったと思う。
「悪いな、驚かせて」
「本当ですよ! 私、キスされるかと思ったのですから!」
「き、ききき、キス!?」
「はい! もう心臓バクバクです。そのせいで二人三脚の緊張が飛びましたけどね!」
橘は心臓を右手で抑えながら、ニコと笑みを浮かべてそんなことを言う。
だが、僕の方は苦笑いするしかなかった。
はぁ……今ので僕の心臓が飛びそうだったよ。
キスなんかするわけないだろ。
てか、緊張が飛んだ理由ってそういうことだったのね。
僕は面白い雰囲気を作り、安心させる予定だったんだけど。
まぁどんな形であれ、緊張が飛んだことは良かった。
『プログラムナンバー六番――二人三脚。息の合った姿をご覧ください』
そのような放送が入り、僕たちは集合場所からスタート地点へ。
移動後、体育の先生が二人三脚のルール説明を改めて行う。
二人三脚ルール。
一レースに八組が参加。
距離は100m。
直線50mを走り、各レーンにある赤コーンを回る。
そしてスタート地点に戻ってきてゴールだ。
注意事項。
1.二人でゴールすること。
2.紐が外れた場合は外れた場所からスタート。
3.レーンを飛び出して他の組に接触しないこと。
そんな説明を受け、僕たちは先生の指示で紐を付ける。
「楠君、痛くないですか?」
「大丈夫だ。取れないように頼むな」
「はい。任せてください」
全ての組が紐を付け終わり、一レース目の組みがスタートの準備を始める。
先生は離れ、ピストルの準備。
「いよいよですね」
「ああ、練習の成果を見せるぞ」
「はい」
僕たちは自然と腰にお腹に手を回す。
こうしてないと安定しないから二人三脚のフォームみたいなものだ。
他の組を見てみるとフォームは色々。
何もしてない組、肩を組む組、内側の手を握る組など。
後は見た感じ男女参加は全然いない。
同性同士の参加者ばかりだ。
僕たちは珍しい男女組なので目立っている。
僕が周りを見ている間、一レース目がスタート。
テントのある方から凄い応援の声が聞こえる。
体育祭に力を入れているクラスも多そうだ。
僕たちは六レース目。
相手には男子同士の組もいる。
なかなか勝つのは大変そうだが、練習したことを発揮すれば最下位になることはないだろう。
運が良ければ上位も取れるはずだ。
数分後。
順番はすぐに回り、僕たちの番が来る。
「楠君、落ち着いて行きましょう」
「さっき緊張していた橘に言われたくないな」
「えへへ、先ほどはありがとうございました」
「感謝されるほどじゃないさ。とにかく楽しもうな」
僕の言葉が終わると同時にピストルを持った先生が「よーい」と言う。
それから数秒後、ピストル音が鳴りスタート。
「「一二、一二……」」
スタートは順調。
それは他の組も同じで横一線。
僕たちは凄い声援にいつもより大きな声で掛け声をする。
練習とは違う雰囲気だが、安定感は練習通り抜群。
転ぶ心配はない。
僕たちはあっという間に50mの赤コーンに到着。
「ここはゆっくり回ろう」
「はい」
丁寧に赤コーンを回り、ラスト50mに入る。
それを追いかけるように、男子同士の組がついてくる。
残り50m地点では僕たちが先頭。
しかし、残り30mぐらいで体半分ほど抜かされる。
「「一二一二……」」
それに焦ったのか橘が掛け声のスピードを上げ、足の回転スピードも上げる。
練習ではやったことない速さ。
僕は必死についていく。
が……
「キャッ――」
一瞬、足がズレたことにより橘が大きく態勢を崩す。
このままでは二人揃って転んでしまう。
そして今転べば間違いなく最下位。
ずっと頑張ってきたことがパーになる。
――そんなのは……嫌だっ!
「だっ……大丈夫だ! 僕がいる!」
橘のお腹に回している手を使い、橘を僕の体にギュっと引き寄せ、何とかセーフ。
先頭に追い付くのは難しくなったが、転ばなかっただけマシだろう。
だが、そう思っているのは僕だけだったようで、橘は僕の言葉を聞いて態勢が整った途端、先ほど以上に速く足を回し出した。
これではまた転びかける。
そう僕の脳裏に過ったが、謎の安定感あり転ばない。
恐らく先ほど転びかけたことによって、お互いがお互いを回している手で寄せ合い、二人の距離が普段より近くなっているおかげだろう。
練習とは違う距離間――フォーム。
だが、それが逆に走りやすく僕たちは一気にスピードをあげる。
一瞬にして先頭を独走していた男子同士の組に並ぶ。
そしてその勢いのまま男子同士の組を抜きゴール。
「やっ、やりました! 楠君、やりましたよ!」
「あ、ああ。やったな!」
僕と橘は太陽のような笑顔でハイタッチして喜び合う。
喜びはそれだけでは収まらず、橘が両手を広げ、僕も同じように両手を広げ。
そのまま……
――ギュッ!
力強くハグをした。
『おい、楠と橘! ハグは止めろハグはっ!』
桜木先生が嫌そうに放送でそんなことを言う。
僕はそれに気付き、我に返って橘から離れる。
しかし、橘の方は離れず、そのまま嬉しそうな笑みを浮かべる。
その姿に周りからは微笑ましい視線と冷たい視線が飛んできたが、九割は冷たい視線で夏が近いというのに凍るかと思った。
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