68.「体育祭――ドローン」

 僕は無事に100m走を三位でゴール。

 八人中の三位なので上出来だろう。

 運動は得意とは言えないが出来なくもない。

 まぁ相手は50m走のタイムが近かった生徒(僕は去年の)。

 強敵ではなかった。


 一方、橘はパットを落とすことなく二位でゴール。

 流石、リレー選手まであと一歩だっただけあって、女子の中ではかなり速い。

 パットのことを気にした様子もなく、素晴らしい走りだった。


「ふぅ~、お疲れ様です」

「お疲れ」

「楠君は三位と好成績でしたね」

「ああ、橘の二位には負けるがな。本当に二位は凄いよ」

「久しぶりに本気を出しましたから! でも、変な顔になっていませんでしたか?」

「別にそんなことなかったよ」

「そうでした。良かったです」


 本気で走って顔を気にするあたり橘も乙女。

 橘は元がいいから多少のことで変な顔にはならない。

 頑張っている顔になるぐらいだ。


「はい、これタオルな」

「ありがとうございます」

「僕が拭いた後だけど良かったか?」

「はい。そっちの方がいいです」


 そっちの方がいい?

 よく分からんがスルーしておくか。


「んっ~、イイ匂いです」

「嗅ぐな!」


 これにはスルー出来ず、橘犬からタオルを没収。

 悲しそうにしていたが、こんな感じに嗅がれるのは嫌だ。

 誰も自分の汗の匂いを嗅がれたくはないだろう。


「何で取るのですか!」

「取るだろ」

「イイ匂いだったのに……頑張ったご褒美が……」


 そんなイイ匂いでもないだろ。

 てか、何のご褒美だ。

 もしかして橘は匂いフェチなのか?

 それなら納得、いや、僕は匂いフェチじゃないので納得できないが。


 それより僕がタオルを取ってから橘は無言でこちらをジーっとガン見。

 橘の顔からは大量の汗、こめかみから汗がダラダラと流れている。

 その姿を見ていられなくなり、仕方なく僕はタオルを渡すことにした。


「はぁ……まぁいい。風邪引かれても困るし、タオルを貸すよ」

「あ、ありがとうございま――」

「でも、嗅ぐなよ!」

「むぅ~」


 少しふくれっ面になっていたが、どうせ隠れて嗅ぐに違いない。

 別に僕の匂いがご褒美と思うならいいけど。

 こっちもイイ匂いと言われれば、そこまで嫌とは思わない。

 少し恥ずかしいぐらいだ。


 僕たちは雑談をしながらテントへ戻る。

 次の競技は三年生の100m走。

 その次が障害物競走。

 で、その次が僕たちが練習して来た二人三脚である。

 それまで僕たちは休憩。

 体育祭の仕事などは体育祭実行委員の二人が担当。

 僕たちはクラスの問題などがあれば動く程度。

 基本は他の生徒と変わらない。


「タオルありがとうございました」

「もういいのか?」

「はい。自分のタオルがあるので」


 テントの方にはタオルを持ってきていたようだ。

 僕はタオルを返してもらい、自分の首にかける。

 それと同時にふんわり香る橘の匂い。

 いつもとは違うが優しい匂い。

 汗の匂いだろうか。

 臭くないどころかイイ匂いとはどんな汗だよ。

 そう思いながら、こめかみから流れる汗を拭く。


 ――ブーン~!


「は、蜂!?」


 橘は音に驚き、僕の腕を掴んでくる。

 僕はその驚きに驚き体をピクリとさせたが、すぐに頭は冷静になった。

 理由は音がそこまで近くなかったからだ。

 止まない音に僕は何の音か探るために周りを見渡す。

 その間、橘は僕の腕に顔を埋めていたので、虫が苦手なのだろう。


「あ、アレか?」

「蜂ですか!? 蜂ですか!? 虫は無理です!」


 軽いパニック状態の橘。

 僕は「大丈夫だ」と一言呟き、優しく頭を撫でる。

 すると、ゆっくりと顔をあげて僕の腕を離した。


「音の正体はアレだよ」

「アレって……ドローン?」


 そう、ドローン。

 テレビで何度か見たことはあるが生で見るのは初めて。

 機体はそこまで大きくなく、音も少しうるさい程度。

 僕たちから結構距離があるので、実際はもっと音はうるさいと思うけど。


「飛ばしてもいいのか?」

「そんな校則は聞いたことないです」

「どこかに操縦者がいるはずだが見当たらないな」

「ですね。学校側が何も言わないということは学校側のドローンですかね」

「意外と最先端だな、この学校」

「ドローンで撮影といったところでしょうか」

「最近、流行りだもんな」


 流行りと言っても絶景撮影で流行りなだけで、普段使われることは滅多にない。

 まずドローンはあまり売ってない上に高価な物。

 そうそう手に入らない。

 よく見ると三機も飛んでいる。

 学校側がかなり奮発したのだろう。

 学校宣伝としてはなかなか強そうだからな。


「私たちテントにいますけど見えてますかね?」

「手を振ってみればどうだ?」

「おーい、ドローンさん~!」


 橘はドローンを呼びながら手を大きく振る。

 機械相手にさん付けとは橘らしいな。

 そう思いながら僕も横で手だけ振ってみる。

 ドローンは僕たちに気付いたのか近づいてきた。


「おー、凄いですね」

「かなりうるさいけどな」

「それは仕方ないでしょう。飛んでいるのですし」


 まぁそらそうか。

 静かに飛ぶ物、生き物もそんなにいない。

 それにこれぐらいは静かな方だろう。


 橘は新しい玩具を見るようにドローンを見つめ、ピースを始め色んなポーズをドローンに向かってやっている。

 僕はそれを静かに見ていたのだが、橘に「一緒にやりましょう」と誘われ、一緒にやる羽目になった。

 ドローンが近くにいるだけでも周りから注目を浴びているのに、二人でポーズしているせいか視線を多く感じる。

 軽い公開処刑だ。


 ――は、恥ずかしい……。


「あっ、行ってしまいました」


 やっとか。

 そう心の中で呟きながら、「ふぅ~」と息を吐く。


「充分、僕たちのことを撮ったからな」

「イイ写真が撮れていると嬉しいですね」

「だな」


 これで何も撮れてなかったら本当にただ恥ずかしかっただけ。

 記念写真として一枚はイイのが撮れていて欲しい。

 そう言えば、橘と写真を撮るのは初めてだ。

 もちろんクラス写真とかではあるが、ツーショット写真は初。

 友達って感じがする。

 写真って思い出だもんな。


 その後、ドローンは来ることなく、僕たちは競技を見ながら会話し、二人三脚の時間を待つのであった。

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