67.「体育祭――ハチマキ」

「楠君、そろそろ100m走ですよ」

「先に集合場所に行くか」


 僕はゆっくりと立ち上がる。

 同時に橘も立ち上がり、口を開けた。


「はい。ですがその前に」


 橘はそう言いながら、僕のハチマキを取って僕の背後へ。

 そして僕の目にハチマキをする。

 目隠しとは何の嫌がらせだろうか。

 僕はそういうプレイをこんな昼間からしたくはない。

 まず夜でもしたくはない。


「どうですか?」

「前が見えない」

「え? 何でですか?」

「ハチマキで視界を塞いでいるから」

「あっ! ごめんなさい!」


 橘はすぐにハチマキを外す。

 反応からしてわざとじゃないようだ。

 でも、少し意地悪を言ってみる。


「今のは嫌がらせか?」

「ち、違います! その……おでこまで届かなくて」

「そういうことか」


 完全に身長差があることを忘れていた。

 けど、まさか届かないとはな。

 まぁ軽く見た感じ背伸びをして頑張っていたようだけど。

 今も背伸びをしてるから分かりやすい。


「じゃあこれで届くか?」


 僕はもう一度座り直す。

 自分で付けてもいいと思ったが、ここは橘の優しさに甘えることに決めた。


「は、はい!」


 橘は僕の額にハチマキを丁寧にまき、しっかりと結ぶ。

 口で「ギュギュ!」は言わなくても良いと思うが。

 それだけ力を入れたのだろう。

 これで僕もベストなパフォーマンスが出来そうだ。


「出来ましたけど、痛くないですか?」

「それは大丈夫だ。それよりおかしくないか?」

「はい、大丈夫です!」


 満面の笑みでそう言い、親指を立てグーっとしてくる橘。

 その可愛らしい姿に僕は思わず口が緩む。

 だが、バレないように耐え、口を開いた。


「ありがとうな」

「いえいえ。では、行きましょうか」

「待て待て」

「はい?」


 橘は銀色に輝く髪を降らしながら振り返り、不思議そうに首を傾げる。

 表情を見る限りこれは全く気付いていないという感じか。

 何で気付いていないのか僕には分からないが。

 とにかく変だから指摘する。


「そろそろ背伸び止めたらどうだ?」

「あ、本当ですね!」


 橘は他人事のように驚く。

 驚きたいのはこっちの方だというのに。

 体育祭が楽しくて忘れていたのだろうか。

 いや、忘れることでもないと思うけどな。

 僕はそう少し呆れながら先に歩き出した。


 数分で集合場所に到着。

 同時にその集合の招集放送がされる。

 それを聞いた二年生が一斉に動き出した。

 僕たちはこれを避けるために先に来たという感じだ。


「先に来て正解だったな」

「はい。去年の教訓です」


 去年は二人とも一人。

 一人であの人の中にいたのだ。

 みんな楽しそうに喋り、ふざけて押し合ったりもしている。

 そのノリ雰囲気が僕たちにはあってない。

 正確には分からないと言うべきか。


「去年は揉みくちゃにされたしな」

「私は男子に声をかけられたりしました」

「へー何て?」

「可愛いねぇ~、俺と友達にならない?」

「それ再現か」

「はい。そうです!」


 ない胸を張り、ドヤ顔でそう言う橘。

 ドヤ顔をしているがクオリティは低い。

 もちろん僕はその場を見ていたわけではないが、とても下手な再現だとは分かる。

 言い方が変な上に、無理矢理低くした声も変だ。

 とにかく全部が変なんだよな。


 それにしても、内容だけ聞くと軽いナンパだよな。

 橘は普通に可愛いし、その上スタイルもいい……もといスレンダーだから男子の一部には刺さっても何も変じゃない。

 ナンパされても納得するレベルだ。

 何で友達ができないのやらと思うぐらいですよ、僕は。

 まぁ問題は性格とイメージの問題だと思うけど。


「それでどうしたんだ?」

「私の胸にしか目がなかったので頭を下げてすぐに逃げました」

「へー、へー、へー」


 えっ? は? えっ?

 去年もしかしてパット×11ぐらいだったのかな?

 かな? かな? かな?


「今、失礼なことを考えていましたね」

「あ、いや……」


 僕は図星をつかれ苦笑い。


「私の目は誤魔化せません!」

「悪い」

「で、何を考えていたのですか?」

「パットで増してたのかなーって」

「たったの六枚ですよ」

「意外と少なかったな……って、あっ!」


 思っていたことがつい口に出てしまった。

 流石のそれには橘も怒って……ない。


「嘘をつきました。九枚です」


 なるほど。そういうことか。


「そんなに気にしてたのか?」

「だって、女子高生って大きいじゃないですか!」


 いや、知らん。

 まだ見たことない。

 橘のは少し見えたことはあるが、それも別にガッツリ見てないし。


「そうなのか」

「そうなのです! 着替える時とかボーンって感じです!」

「ボーンなのか」


 全く分からない。

 ボーンって何だよ。


「あ、あの人はかなりの大物です。隣のクラスの――」

「おいおい、そこらへんにしとけ」

「え?」

「『え?』じゃない。あの子が可哀想だろ?」

「楠君は優しいですね」


 橘がにこやかな瞳でそう言ってくる。

 はぁ……どこが優しいのやら。

 勝手に関係のない女子の胸の大きさを橘が言おうとしたから止めただけで。

 というか勝手に男子にそんなことを言うな!


 それにこちらとしても反応に困る。

 あそこらへんで騒いでる男子だったら「え、じゃああの子は?」とかになるだろうけど。

 僕にはそんな反応は出来そうにない。

 まず興味がない。


「橘は常識を知った方がいい」

「常識ですか?」

「ああ、そういうことは友達同士で言うもんだ」

「私と楠君は――」

「女友達同士で言うもんだ!」

「胸を語れるほどの女友達がいません」


 なんかカッコ良く言っているが、別にカッコ良くない。

 というか胸を語るな。


「そうか。とにかく100m頑張ろうな」

「はい!」


 それだけ言い合い、僕たちは50m走のタイムを基準に決められた順番に並ぶのであった。


 橘のやつ今年はパット九枚も入ってないよな。

 でも、見た感じ何枚かは入っているはずだ。

 こちらは零枚の時をお風呂上りに見ているから分かる。

 とにかく落とさないように走り切ってほしい。


 ――って何の心配してるんだ、僕は!

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