86.「体育祭――裏側【楓4】」

 おかしくなった気分を直すため、わたしはトイレに行って顔を洗ってきた。

 少しスッキリし、心の痛みと頭のモヤモヤがマシに。


「あれぇ? 凪君と姉さん~?」


 モニターを見ると抱きついていた橘さんは消え、凪君の隣には姉さんの姿があった。

 凪君と姉さんは意外と楽しそうに話している。

 もしかして姉さんが橘さんを剥がしてくれたのかな?

 それなら有難い。

 まぁ何があったかは分からないけど、抱きついている姿がモニターに映ってないだけでこっちとしては気分が良い。


 ところで、凪君と姉さんの組み合わせは珍しい。

 虐め関係で話すこと増えたからかな?

 まぁ担任だから普通か。

 それに姉さんには狙っている男性教員がいる。

 特に心配することはない。


 そう言えば、今からの種目は借り物競争。

 凪君も出ないし、凪君を眺めておくか。


「凪君は白くて細いなぁ~」


 体操服が汗でビチョビチョのせいで、体のラインがしっかり見える。

 筋肉ムキムキとは言えないが、ある程度の筋肉はあるみたい。

 腹筋とか生で拝みたい。

 あわよくば触ってみたい。

 そうなると夏は服を脱ぐ場所に一緒に行かないとね。


 凪君は泳げるのかな?

 わたしは泳げないから教えてもらう感じで誘うのもありかも。

 水着はやっぱりビキニ?

 それともマニアックなスクール水着?

 どっちにしても新しく買わないと絶対にこの育ったおっぱいが入らないや。

 はぁ……肩が凝るな。


 そんな先のことを考えてると凪君の前に二人の女子がやってくる。


「橘さんと青葉さん~?」


 見てなかったのでどういう経緯でこうなったか分からないが、とても不思議な光景だ。

 女子二人が凪君に向かって何か言っている?

 そのまま手を差し出した!?


「どういうことぉ~!?」


 へ?

 なにこれ?

 公開告白?

 じゃあまだ凪君と橘さんは付き合ってなかったってこと?

 なーんだ、良かった。

 ホッとして肩が下りる。

 でも、ここで凪君がオッケーを出す可能性もある。

 まだ油断はできない。


 凪君が立ち上がり、二人に近寄る。

 そして……どちらの手も取ることなく頭を下げた。


「やっ~たぁ~! 振ったぁ~! 完全に振ったぁ~!」


 流石、凪君だ。

 判断力がイイ。

 学年トップのテスト成績を取るだけある。

 カッコイイ上に勉強も出来るなんて理想的。

 わたしも美人でスタイル抜群、世界でトップを争うほどの天才だけど。

 ということは、わたしと凪君が付き合えば頭の良い美男美女カップル。

 世間一般に理想とされるカップルになる。


「ふふっ、ふふふふっ……はぁ~? 何してるのぉ~この二人~!?」


 振られたはずの二人が凪君の腕を掴み、ゴールへ向かう。

 こんな強引に凪君を扱うなんて信じられない!

 何ていう女子たちだ。

 橘さんならやり兼ねないと思っていたけど、まさか青葉さんまでこのような行動を取るなんて信じられない。

 虐めていたくせに凪君を狙うなんて。


「ふぅ~、落ち着けぇ~わたしぃ~!」


 体育祭はもっと楽しいはずだったのにね。

 何でこんなモヤモヤすることになったのだろうか?

 凪君に癒されるはずが……。


 数分後。

 借り物競争は終わり、昼休憩に入った。

 生徒は続々と校内に入ってくる。

 音はしないがモニターに映っている。


「あ、そう言えばぁ~、お弁当忘れたぁ~」


 いつもは姉さんが作ってくれるのだが、今日は姉さんたち教師はお弁当が出るらしく、姉さんには「コンビニで昼食を買うように」と言われていた。

 昨晩千円をもらったのに忘れるとは……。

 習慣とは怖い。


 生徒の移動が収まってたので、わたしは昼食確保の旅に出るために地下から地上へ。

 廊下に出て姉さんを探して職員室に向かう。

 最悪の場合、校長先生をパシればいい。


「桜木さん、こんにちは」

「こんにちはぁ~、松波先生~」


 いいところに松波先生。

 手にはお弁当を持っている。

 松波先生と言えば、イケメンと学校では有名。

 女性教師、女子生徒から人気があり、バレンタインデーは凄いとか。

 まぁわたしの担任なんだけどね。


「こんなところでどうしたんですか?」

「実はお弁当を忘れてしまいましてぇ~」

「それは大変ですね。今このお弁当しかないんですがいりますか?」

「本当ですかぁ~?」

「はい、もちろんです」

「ではぁ~、お言葉に甘えていただきますぅ~」


 お弁当ゲット。

 この学校の教師はわたしがこの学校のどの位置にいるか理解している。

 それは校長先生にしっかり指導されているからだろう。

 まぁとにかくお弁当を手に入れられて良かった。

 これで午後も何とか過ごせそうだ。


「桜木さんは今から教室に?」

「いえいえぇ~、今日はいきませんよぉ~」

「分かりました。それでは失礼します」

「はいぃ~、失礼しますぅ~」


 別れの挨拶を最後にわたしは先ほどの地下室に戻るのであった。

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