85.「体育祭――裏側【楓3】」

 次の種目は凪君が出る二人三脚。

 凪君が出るのは嬉しいんだけど、相方が橘さんというのはあまり嬉しくない。

 あまりではなくかなり嬉しくない。

 二人三脚は引っ付いてする競技。

 それを男女で出るなんて。

 学校側に同性のみにするよう頼むべきだった。

 これは完全にわたしのミス。

 我慢して見るしかない。


「こ、こここ、腰に手を回してるぅ~!?」


 まさか二人とも腰に手を回してるなんて……。

 それは予想外。

 何というフォーム。

 これが二人三脚の距離感なのか。

 体も顔も近い。

 わたしは見てられるだろうか?

 ちょっと心配になってきた。


 凪君たちの番まで出来るだけ凪君と橘さんが映るモニターを見ないようにする。

 もう胸がチクチクして頭がモヤモヤして見ていられなかった。

 ため息が止まらない。


「やっと凪君たちの番かぁ~」


 二人三脚全体を映していたモニターに二人が映る。

 わたしは凪君専用モニターに視点を移動。

 応援うちわを持ち、応援態勢へ。


 凪君と橘さんはスタート。

 他のチームとは横一線。


「頑張れぇ~頑張れぇ~なぎくん~! 負けるなぁ~負けるなぁ~なぎくん~!」


 応援の甲斐あって凪君たちが現在一位。

 丁寧にコーンを回る。

 そのまま先頭を独走すると思ったが、男子の組が猛追い上げ。

 残り30mほどで抜かされる。


「あぁ……もぉ~何抜かしてるのぉ~! 諦めるなぁ~、なぎくん~!」


 まだ勝ち目はある。

 絶対に凪君たちなら追い返すことができるはずだ。

 わたしは放課後に練習していたことも知っている。

 だから、何としても勝ってほしい。


「ドローン一台を先頭の二人に落とすぅ~?」


 ん~、ダメだ。

 そんなことをしたらこの二台が使えないくなる。

 体育祭中の凪君が見れなくなっては困る。


「あっ!? はぁ……」


 橘さんが転びかけたが、何とか凪君が引き寄せて持ち堪える。

 あのまま転んでいたら、凪君が怪我するところだった。

 本当に転ばなくて良かったよ。


 それにしても、何かまた距離感近くなってない?

 もう肩、足も当たってるし、顔も数センチだよ?

 転ばなくて良かったけど、これはちょっと……。

 ううん、今はそれより応援だ!


「なぎくん~! ファイトォ~!」


 その声が届いたように一気にスピードがあがる二人。

 先頭の男子と並ぶ。

 その勢いのまま抜かして一位でゴール!


「やったぁ~! やったよぉ~! イエーイぃ~!」


 両手のうちわを投げ捨て、一人椅子を回しながら喜ぶわたし。

 最後の追い上げ良かったな。

 もう最高に盛り上がったよ!


「って、えっ……」


 喜びの舞が終わり、凪君専用モニターを見る。

 けど、次の瞬間、目を疑い、言葉を失う。

 なぜなら、凪君と橘さんが力強いハグをしていたのだから。

 心臓が張り裂けそうなぐらい痛い。

 息が苦しい。

 まるで、毒物を飲んだかのよう。


「な、な、何でぇ……わたしの凪君……」


 ハグは数秒もしないうちに終わる。

 でも、橘さんは凪君から離れない。

 それに対して凪君は少し苦笑いするだけ。

 見るからに抱きつくことを承認している。


「うそ……でしょ~? やっぱり付き合ってたのぉ~?」


 わたしの体から力が抜ける。

 椅子に体を任せ、何もない天井に視線をやる。


 ――何で悲しんだろう……。


 凪君は特別。

 その特別が橘さんに独占されているからかな?

 いや、違う。


 ――凪君のことが好きだから!


 もうここで宣言する。

 特別という遠回しの言い方は止めよう。

 わたしは自分自身に正直になるべきだ。


 橘さんが凪君にスキンシップを取るのが嫌い。

 橘さんが凪君と喋るのが嫌い。

 橘さんが凪君といるのも嫌い。


 わたしは凪君が好きで凪君と一緒にいたい。

 もう我慢の限界は近い。

 でも、その我慢もすぐに無くなるだろう。


「凪君待っててねぇ~! もう少しでわたしが橘さんと交代するからぁ~!」


 わたしは凪君に抱きつく橘さんをモニター越しで押しながら笑みを浮かべてそう呟いた。

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