87.「体育祭――裏側【楓5】」

 昼休憩が終わり、午後の競技が始まった。

 午後の凪君が出る競技は二年生の綱引きだけ。

 なので、綱引きが終わった後は帰る予定だ。

 閉会式まで凪君を見ていてもいいが、橘さんとずっとイチャイチャしている姿は見てられない。


「はぁ……わたしも体育祭で凪君とイチャイチャしたかったなぁ~」


 そんな本音が漏れる。

 午前からずっとイチャイチャを見せられているのだ。

 そう思うことは普通だろう。

 夢や妄想でイチャイチャはしている。

 けど、やはりそれは偽物。

 本物が欲しい。

 凪君のあの体にもう一度触れたい。


「凪君の感触ぅ……」


 あの日、三階から落ちて来た凪君の感触を思い出しながら癒される。

 アレは本当に良かった。

 手の中に凪君の体が、顔はわたしの胸の中。

 とってもイイ匂いがわたしの鼻孔をくすぐってきたのを覚えてる。

 正直、あのまま持って帰ろうかと思ったけど、三階から見られていた上に凪君もすぐに目を開けちゃったから断念。

 でも、最高だったなぁ~。


 まぁ凪君はわたしのことなんて覚えてないと思うけど。

 覚えていても救ってくれた眼鏡のお姉さんという感じかな?

 それはまた聞けばいいか。


 わたしはプログラムを開き、時計を見る。

 綱引きまで後一時間。

 やることもないので、妄想でもして時間を潰すことにした。


 妄想しているとあっという間に一時間が経った。


「はぁ……もう一時間経ったのかぁ~。応援しないと!」


 息を整えて姿勢を正し、応援うちわを持つ。

 モニターには凪君と橘さんが一緒に歩いている姿が映る。

 もう見慣れた光景だ。


「あんな自然にハチマキ直しちゃってぇ~。せこいぃ~!」


 わたしだって凪君のハチマキ直したい!

 顔におっぱい当てるサービスまでするのに!

 凪君も断らないのよね。

 もうこの程度のことは日常なのかな?


 凪君が綱を持ち綱引きがスタート。


「フレぇ~フレぇ~、なぎくん~あらら……」


 一瞬にして負けてしまった。

 凪君が必死に頑張っていたというのに。

 他の生徒が手を抜いていたんじゃないの?

 これは政府関係の筋肉男子を呼ぶべきだったかもね。

 良い戦いをさせて、凪君の頑張っている顔を見たかった。

 けど、まだ一試合残っている。

 最後まで応援しないと!


 長い長い一戦が終わり、凪君のチームが綱のもとへ。

 正直、次は今の一戦ぐらい良い戦いをしてほしい。

 さっきみたいにすぐに終わってしまったら、凪君の頑張っている顔が見れないからね。


「始まったぁ~! いけぇ~いけぇ~なぎくん~!」


 両チーム互角。

 と、そんなことより凪君の脹脛の筋肉がいい感じに膨れ上がっている。

 腕の血管も浮き上がり、もう最高の中の最高。

 ちょっとだけでもいいから触ってみたいなぁ~。


「はっ、応援しないとぉ~! なぎくん~引っ張れぇ~!」


 先ほどの第一試合とは違い、長々と続く綱引き。

 凪君が必死に綱を引っ張っている姿はずっと見ていられる。

 あの真面目な表情、可愛く震え出す手と足。

 食いしばっている口元は超可愛い。


 そう思っていると、ついに綱引きに動きが。

 凪君のチームがじりじりと敵の方へ動き始める。

 踏ん張っている凪君の足も滑り出した。


「なぎくん~! 負けるなぁ~! 気合いだよぉ~! 気合いぃ~!」


 そんな応援をするが止まらない足。

 このままでは負けてしまう。

 な、何か起きて!


 と、その瞬間だった。


「あっ!? な、凪君がぁ~転んだぁ~! えぇ~大丈夫かなぁ~?」


 相手チームの力が急に抜けたのか凪君のチームが一気に引っ張り勝利。

 しかし、凪君たちは勢い余って転んでしまった。

 凪君の胸には橘さんがいる。

 どこまでスキンシップを取る気だ。


「ん~?」


 橘さんの行動に心がチクチクしたが、凪君が急に焦り出した。

 それにはわたしもモニターに近付き、状況を見る。

 すると、橘さんが動いていないことが分かった。


「熱中症かなぁ?」


 すぐに姉さんが来て、凪君に状況を聞いている。

 そして次の瞬間……


「お、おおお、お姫様抱っこぉ~!?」


 凪君が橘さんをお姫様抱っこしたのだ。

 見た感じ凪君は橘さんを日陰へ運んでいるみたい。

 状況的に仕方ないが羨ましい。


 はぁ……いいなぁ~。

 凪君をお姫様抱っこはしたけど、わたしは凪君にお姫様抱っこしてほしい。

 重たいかな?

 まぁ大丈夫だよね?

 凪君だし!


「はぁ……」


 なんか複雑な気持ちだ。

 橘さんが倒れたことは別にどうでもいい。

 だけど、凪君の焦った表情を見ると大事にはなってほしくはない。

 いや、それは嘘だ。

 正直、わたしは橘さんがこのままいなくなればいいと思っている。

 それが酷い考えだということも理解している。

 でも、それでも、凪君さえいればわたしは満足なのだから仕方ない。


「橘さんなら元気になるだろうなぁ~」


 わたしは凪君にお姫様抱っこされ校内に入って行く橘さんを見ながらそう呟く。

 その後、ドローンの凪君へのオートエイム設定を解除。

 モニターを消し、わたしは荷物を持ってその場から出る。


 凪君の性格からして橘さんが目覚めるまで、間違いなく橘さんに付き添うはずだ。

 だから、もう凪君がグラウンドに戻ってくることはない。

 というわけで、わたしは帰る。

 そもそも綱引きが終わったら帰る予定だったしね。

 今は早く家に帰って今日の凪君の写真を整理したい。


 一人廊下を歩き、下駄箱へ向かう。

 靴を履き替えていると一つの足音が寄ってきた。


「楓もう帰るの?」

「そうだよぉ~」

「アタシの教育リレー見ていってくれてもいいのに」

「後で録画したやつを見るよぉ~。じゃあぁ~、また後でぇ~」

「あ、うん。気を付けて帰るんだよ」


 その言葉を聞き、あたしは速足で家に帰るのだった。

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