62.「呼び出し」

 教室が騒がしい。

 停学が終わりクラスに人が増え、加えて自習だ。

 静かな方が変だろう。

 みんな盛り上がっているが、僕は一人空を見上げる。

 今日は晴れ。

 快晴ではないが、青空は見えている。

 ゆっくりと進む雲が時間を忘れさせてくれる。


 それを見続け何分か経った頃。

 教室が急に静まり返る。


「楠ちょっといいか?」

「あ、はい」


 桜木先生が僕を呼びに来たようだ。

 恐らく先ほどのことを何か聞かれるのだろう。


「桜木先生。私もいいですか?」


 橘が同行を求めると桜木先生は「あ、いいぞ」と普通に許可を出した。

 桜木先生を先頭に僕と橘は静かな廊下を歩く。

 そして着いたのは保健室だった。


「誰もいないから入っていいぞ」


 その言葉を聞き、僕たちは入る。

 奥に連れていかれ、ソファーに座るように言われた。

 座らない理由もないので、すぐに腰を下ろす。

 桜木先生は一度その場を離れ、お茶を持って来た。


「悪いな。わざわざ呼び出して」

「いえ、大丈夫です」


 何となく予想はしていたしな。


「で、まずは謝らせてくれ。悪かった」

「桜木先生はよくやってくれましたよ」

「なんか上から目線な言い方だが、まぁ許しをもらったと受け取っておくよ」


 口角をあげてそう言う桜木先生。

 一度お茶を飲み、話を続ける。


「で、今回の件だが、四人の生徒の処分は学校側が行うことになった」

「まっ、待ってください」

「どうした、橘」

「『どうした』じゃないです。学校側が正しい処分をするとは思えません。あの四人は野球推薦。しかも、レギュラーと聞いています」


 ずっと黙っていた橘がここで口を開いた。

 やはりもうこういうことはないようにしたいのだろう。

 野球推薦の生徒だからと甘い処分だと困るからな。


「なるほど。前回は橘が処分内容を決めたと聞いている」

「はい、そうです」

「正直、アタシはその処分内容が正しかったとは思っていない」

「えっ?」

「もしアタシなら四人を退学にまで追い込んでいたぞ。橘の処分が甘かったせいで、今回このようなことを招いた。もちろん全て橘のせいとは言わない。けど、多くは橘のせいであることを理解すべきだ」

「……」


 橘はその言葉に黙り込み、手で顔を覆って下を向いた。

 自分の甘さを感じているに違いない。

 だが、僕は今の桜木先生の言葉に黙ってはいられなかった。

 橘は僕のためを思って色々してくれた。

 今回の一件、多くが橘のせいというのは流石に酷い。


「橘は悪くない。だから、そんなに責めないでください!」

「別にアタシは悪いとは言っていない。甘かったと言っただけだ」

「それは遠回しに悪いと言っているようなものです」

「はぁ……アタシは橘に忠告しただけだ。彼女の選択が今日の一件を招いたことは事実。学校側に責任があるのも認める。それでも橘がこれからの選択を間違えないために、アタシは敢えてそう言った」


 またお茶を一口。

 少し悲しそうな表情で「はぁ……」と重々しいため息を一つ。

 それから口を開く。


「アタシだってこんなことは言いたくない。それに言うつもりもなかった」

「だったら、今ここで橘に謝って――」

「楠君、もうやめてください……」

「橘?」

「桜木先生は正しいです」


 橘自身がそう言うのなら僕はもう何も言えない。


「楠もういいか?」

「はい」

「それにこんな話をするために呼んだわけじゃない。ただアタシはもう楠が危ない目に合わないということを伝えたかっただけだ」

「それはどういう?」

「察してくれ。今ので分かるだろ? 学校側がどういう処分をするのかを」


 それだけ言うと、桜木先生は立ち上がる。


「もう話は終わりだ。二時間目の準備をしてこい」

「はい。橘、行くぞ」

「……」


 僕は橘を連れて保健室を出る。

 同時にチャイムが鳴った。


「橘が気にすることじゃない」

「ですが……」

「体育祭前なんだ。そんな感じでいられると困る」

「……」

「僕は別に橘の選択が間違っていたとは思わない」


 そう、結局結果論だ。

 別にあの四人が反省していれば、橘のせいなどとは言われなかった。

 それに校長相手にあれだけの要求をしたんだ。

 充分だったと言える。


「だからさ、もう顔をあげてくれ」


 僕は橘の前に立ち、少し膝を曲げて橘を見る。

 すると、目をウルウルとさせた橘がゆっくりと顔を上へ。


「そんな顔をするなよ。橘は笑顔をだろ?」


 僕はそう言いながら橘の口角を指で上げる。


「ふふっ、ありがとうございます。もう大丈夫ですよ」


 僕の指を掴んで戻し、満面の笑みを浮かべる橘。

 その瞬間、目端からは水滴がこぼれる。


「そうか。てか、泣くなよ」

「なっ、泣いてないです!」


 橘はそう言っておいて手の甲で涙を拭く。

 それを見て僕は自然と笑みがこぼれる。


「楠君、今笑いましたね!」

「わっ、笑ってないし!」


 そんな普段通りの会話をし、僕たちは教室へ戻るのだった。

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