61.「吐き気」

 トイレに駆け込み、洋式トイレの蓋を開けて吐く。

 吐いても吐いても襲ってくる吐き気。

 僕はその吐き気が収まるまで吐き続けた。


 数分後、朝食のサンドイッチが全て出たようで収まった。

 トイレットペーパーで口周りを拭き、目を逸らしたくなるようなトイレを流す。

 まだ口の中は気持ち悪いが、それは水道水で口を濯げばいいだろう。


 僕はしっかり泡で手を洗い、何事もなかったようにトイレから出る。


「た、橘!? どうしてここに?」

「心配になって……あ、これ水です」

「ありがとう」


 僕は橘から水を受け取り、すぐに水を飲む。

 気持ち悪い口を濯ぎたかったが、水を飲んだらスッキリした。


「それでどうされたのですか?」

「別に何でもないさ」


 言えるわけがない。

 初めての謝罪、口先だけの謝罪に吐き気を感じたなんて。

 僕自身、初めての体験で未だに混乱中だ。

 まさか謝罪されて吐くなんて思ってもいなかった。

 でも、あの光景、雰囲気は、僕にとって虐めより残酷だった。

 正確には気持ち悪かったと言うべきか。


「ですが、吐いていましたよね?」

「聞こえていたのか?」

「え、ええ、はい」

「そうか。多分、ガムテープで口を塞がれたからじゃないかな」


 僕は咄嗟にそんな嘘をつく。

 あまり橘に嘘はつきたくはない。

 けど、本当のことを言っても理解されないと思ったから嘘をついた。

 まぁ本当に意味が分からないからな。

 自分でも意味が分からないと思うぐらいだ。


「そうだったのですね」

「まぁ急だったから僕も焦ったよ」

「もうスッキリしましたか?」

「ああ、大丈夫だ」


 これは本当だ。

 もう吐き気はしない。

 先ほど貰った水を飲んだらスッキリしたからな。


「教室に戻ろうか」

「保健室に行かなくてもいいのですか?」

「もうスッキリしたから大丈夫だよ」


 それだけ言い、僕は歩き出す。

 いつの間にか足の感覚も戻っていた。

 逆に変な感じだが、すぐに慣れるはずだ。


 橘に心配されながら教室に戻ると授業は始まっていた。

 しかし、英語と言うこともあり自習。

 英語教師は二人いるが、一人は他クラスの授業中、もう一人の桜木先生は四人をどうにかしている。


 僕が教師に戻るとまたクラスメイトから視線を向けられる。

 だが、先ほどのような吐き気は襲ってこなかった。

 アレは色々なことが重なったせいで起こったのだろう。

 多くの視線。

 初めての謝罪。

 口先だけの謝罪。

 罪悪感を微塵も感じてない顔。

 初めて見る景色。

 初めて感じた雰囲気。


 と言っても、ほとんどが口先だけの謝罪と罪悪感を微塵も感じてない顔が原因。

 意味が分からない、理解できない……という気持ち悪さ。

 例えることもできない感覚。

 今後もうないだろうけど、一生味わいたくない感覚だった。


「楠君、また吐き気がしたら保健室に行ってください」

「分かったよ」

「では、私は席に戻ります」

「ああ」


 僕も自分の席へ。


 それにしても、橘に吐いているところを聞かれていたとはな。

 正直、追いかけてきてるとは思っていなかった。

 一時間目が始まる数分前だったしな。


 はぁ……また心配させてしまったか。

 こういうところがダメダメなのかな?

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