54.「体育倉庫【4】」

 橘の言葉に僕は言葉を失った。

 思わず息を呑み、体中から冷や汗が溢れ出す。

 これ以上は何も問題ないと思っていただけに、急に発生した大問題をどうしらいいか分からずにいた。

 今の状況だけでも想定外なのに、橘がに行きたいだなんて。


「く、楠君どうしたらいいのでしょうか?」

「冗談とかじゃないよな?」

「は、はい」

「まだ我慢は出来るか?」

「出来る……と思います」


 橘は顔色を悪くしながらそう言う。

 はっきり『出来る』と言い切らなかったということは、その自信がないのだろう。

 つまり、なかなかヤバい状態かもしれないということ。

 恐らくホッとしたことで行きたくなったに違いない。


「悪いが大か小。どっちだ?」

「中です」

「中!?」


 なっ、何なんだよ、って!

 女子は男子が知らない三つ目の何かを出すのか。

 本当に分からん。

 保健でも習った記憶はない。


「そう。中です」

「悪いが中とは何なんだ?」

「どっちもということです」


 なるほど。

 男子が知らない女子だけの何かが出るわけじゃないんだな。

 てか、最初からそう言ってくれ。

 もしかして、両方の時は中というのか?

 人生で一度も聞いたことないが。

 まぁそんなことは今はどうでもいい。


「それは……ヤバいな」

「ヤバいです」


 もちろん体育倉庫にトイレはない。

 でも、橘が朝までトイレを我慢するのは不可能。

 どこかで限界が来る。

 というか今でも限界に近い状態だ。


 最悪の場合、体育倉庫でしてもらうしかないが、色々問題が生じる。

 処理や匂い、そんなのはいいか。

 一番問題は橘が僕がいる体育倉庫でトイレすることだ。

 もう目は暗闇の中でも機能している。

 だからと言って、当然見るつもりはないが音はどうしても避けられない。


 そんなことを考えていると橘が僕の手を離す。

 そして体を丸くして下半身を抑え出した。


「しょ、小の方が、ががが、我慢の限界に近いです」

「ああ、そうみたいだな。大はまだ大丈夫なのか?」

「は、はい。そっちは何とか大丈夫です。ですが、小は最悪ここでしてもいいですか?」

「そ、そそそ、そんなにヤバいのか!?」


 その言葉に僕は動揺してしまう。

 本当に我慢の限界なのか、縦に首を振るだけ。

 先ほどの言葉が最後に絞り出した言葉だったのだろう。

 それぐらいピンチ。


 確かに小なら最悪ここでしてもどうにかなるかもしれない。

 それに僕もしたくなる可能性は無きにしも非ずだ。

 先に小だけでも出来る環境を作ることを考えるべきかもな。


「ちょっと離れるが大丈夫か?」


 小さく頷く橘。

 それを見て僕はすぐに動き出す。

 理由は体育倉庫にあるもので、小をどうにかすることが出来るもの探すためだ。

 もう我慢を願うことは諦めるしかない。


 野球部のボール入れは使えない。

 ラインカーもダメ。


「クソっ、何もない……」


 どんなのでもいいから入れ物でいいんだ。

 水が零れない入れ物。

 あーもうっ、何で穴が空いているやつしかないだよ!


「あ、バケツ!」


 バケツならどうにかなるはずだ。

 僕はすぐに手に取り、状態を確認。

 だが……


「底が抜けてる……」


 見えた希望が一気に絶望に変わる。

 しかし、僕は切り替えて周りを見渡す。

 何かないか。

 何でもいいからないか。


 もう橘の限界も近い。

 それは分かっている。

 橘も女子だ。

 漏らす姿を見られれば、もうどうなるか分からない。

 だから、最悪でも漏らすのではなく、どこかにさせてあげたい。


 そう願った時、一つのものが目に入る。


「コーン」


 そうあの赤いコーンである。

 形は変だが穴は開いていない物。

 大きさも充分。

 これならいける。


 すぐに赤いコーンの場所へ走る。

 素早く一つ持ち、僕は橘のもとへ。


「た、橘……」


 橘はズボンを脱ごうとしていた。

 それに見て一瞬硬直したが、もうそれぐらいピンチだということ。

 すぐに手に持っていた赤いコーンを渡し、僕はその場から離れる。


 ――ガチャ……。


「えっ、橘。な、何をしているんだ?」


 扉が開く音と橘ではない声が聞こえ、そちらを向くとそこには桜木先生の姿が。

 同時に橘はズボンをあげ、その場から立ち去った。


「楠、これはどういうことだ?」

「えっと……閉じ込められて、それで橘がトイレに行きたくなりまして」


 僕が苦笑いでそう言うと桜木先生は「はぁ……」とため息をついた。

 呆れたのか、間に合って良かったとホッとしたのか。

 それは分からない。


「不純異性交遊じゃなくて良かったよ」

「なっ!? そんなことするわけないじゃないですか!」


 ため息の理由がそれと知り、僕は叫ぶようにそう言う。

 それに対して変わらない表情で桜木先生は言葉を吐いた。


「もう高校二年生だし、ないわけないだろ?」

「……」

「別にアタシはそれがダメとは思っていない。ただその行為中を見なくて良かったと思っただけだよ」


 そっちかよ!

 と、心の中でツッコミながら僕と桜木先生は体育倉庫の外へ。


「まぁでも最初は橘を見て焦ったがな」

「そらそうでしょうね」

「とにかく不純異性交遊は学校外で頼むわ」

「だから、しませんってば!」


 僕は少し強めにツッコむ。

 桜木先生はそれに苦笑い。


「……しかし、本当にいるとはな……」

「ん? 何か言いましたか?」

「いや、ただの独り言だ」


 そんな会話をしながら、僕と桜木先生はその場を後にした。

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