65.「体育祭前日【姉妹編】」

 体育祭前日、午後十時。

 やっと桜木家は食事をとっていた。

 理由は巫女の帰りが遅かったからだ。


「遅くなってごめんね」

「別にいいけどぉ~、連絡してよねぇ~」

「今度からはするわね。てか、別に出前とってもいいのよ?」

「お金ないから無理だよぉ~」

「いやいや、あるでしょ?」


 そんな楓の言葉に呆れながらそう返す巫女。

 巫女は楓が約二億円を持っていると知っているのだから当然だ。

 加えて最近仕事を受けたことも知っている。

 だから、自然とそのような反応になった。


「現金がないのぉ~!」

「通帳から出せば――」

「全部カードとかに入れてるぅ~」


 巫女の言葉を遮り、そう言う楓。

 だが、巫女にはその言葉の意味が理解できなかった。


「どういうこと?」


 首を傾げながら巫女はそう問う。


「えっとねぇ~、わたしは海外の仕事が多いからお金を日本円に換えるのが大変なのねぇ~」

「うん」

「だからぁ~、仮想通貨でやり取りをして買い物する時は必要な分だけ電子マネーに移しているんだよぉ~」

「えっ、そんなこと出来るの?」

「わたしにかかれば余裕だよぉ~」


 楓はそう言うと「ふぅ~」と息を吐き、味噌汁を飲む。

 一方、巫女は最先端すぎてついて行けずにいた。

 仮想通貨や電子マネー。

 巫女も電子マネーは少し使うようになったが、基本は現金で支払っている。


「それで電子マネーだから現金を持っていないと」

「そういうことぉ~」

「電子マネーを現金には換えられないの?」

「別に無理じゃないけどぉ~、色々と面倒くさいかなぁ~」

「まだ全部が全部支払い方法が電子マネーになってないんだし、現金は持っておいた方がいいよ」

「んー、分かったぁ~」


 それを聞き、巫女はホッとする。

 これで遅くなっても楓がお腹を空かせることが無くなったからだ。

 教師とは意外とブラックで労働時間が多い。

 定時で帰るなどほぼない仕事だからな。

 と言っても、巫女はまだマシな方。

 部活を担当するとなると、もっと大変になる。


「そう言えば、明日は体育祭だけど楓は来るの?」

「学校には行くよぉ~。けどぉ~、種目には出ないぃ~」


 巫女は心の中で「何でだよ!」とツッコむ。

 だって、種目に出ないなら学校に来る必要性ないからな。

 それにどうせ友達もいないはずだ。

 だが、そんなことを楓に言えるはずもなく、巫女はお茶を一口飲み口を開ける。


「楓は運動が苦手だからね」

「そうぅ~。姉さんに全て持って行かれたよぉ~」

「その分の脳はあるでしょ?」

「まぁそうだけどぉ~」


 巫女と楓は極端。

 巫女は運動神経抜群。

 楓は世界を驚かせるほどの脳の持ち主。

 どちらがいいとかはないが、巫女も楓も二人の長所を羨ましく思っている。


「まぁ姉さんは明日頑張ってねぇ~」

「うん、頑張る!」

「好きな男性教師に良いところ見せるんだよぉ~」

「ぶっ!」


 楓のその言葉に思わず口に入っていたものを吹き出す。


「もぉ~、汚いよぉ~」

「だ、だだだ、だって、そんなこと言うからでしょ! まずどこ情報?」

「別にどこ情報でもないよぉ~。ただその男性教師と話す時だけぇ~、姉さんが乙女の顔になっていたからぁ~。もしかしてぇ~と思ってぇ~」

「マジ?」

「マジマジ~」


 笑いながらそう言う楓。

 それに巫女は恥ずかしくなり、顔が茹でダコのように真っ赤になる。

 巫女は放課後にも生徒から指摘されたのだ。

 それもまだ誰にも言っていないというのに。


 ――アタシってそんなに顔に出てる!?


 巫女はそんなことを思いながら、口から吹き出したものをティッシュで処理するのであった。

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