57.「停学終了――虐めっ子【1】」

 6月15日(月曜日)。

 今週は体育祭である。

 この一週間は準備に追われることになるだろう。

 それに加えて……


「今日から停学中の生徒の登校が再開されますね」


 そう、あの虐めっ子たちの停学があけるのだ。

 何もないことを願うが、体育祭関係で色々言われる気がする。

 まぁ反省はしてると思うがな。


「そうだな」

「何もなければいいのですが、とても心配です」

「停学あけ早々に何かするとは思えないがな」

「油断は禁物ですよ、楠君」

「別にライオンと接するわけじゃないだし大丈夫だよ」


 僕は苦笑交じりにそう言う。

 しかし、橘は真剣。

 一年間虐められ、一度あんなことがったのだ。

 橘からすれば安心なんてできないのだろう。


「とにかく今日は関わらないことです。では、私は桜木先生に注意しておくように言ってきますね」

「ああ」


 その会話を最後に橘とは昇降口で別れる。

 わざわざ言いに行ってくれるなんて有難い。

 でも、正直言えば僕は橘が一緒にいてくれるだけで心強い。


 僕は橘と別れ、一人教室に向かう。

 少し緊張感はあるが、そこまで心配はしていない。

 まず今日から停学があけることを知っているかどうか。

 来ていない可能性も充分にある。

 高校の下駄箱は扉付きだから来ているかはまだ不明だ。


「あっ……」


 ――ドンっ!


 考え事をしていたせいで女子とぶつかってしまった。

 女子は派手に転び尻餅をつく。


「ごめ――」


 僕は謝りながらそっと手を差し伸べたが、女子はガン無視してその場から走って立ち去る。

 急いでいたのだろうか?

 顔は一応覚えたが、次いつ会えるか分からない。

 学年もクラスも分からない。

 謝る機会はもう無さそうだ。


「はぁ……」


 僕は小さくため息をつき、足を進める。

 考え事は歩きながらするものじゃないな。

 一方的に僕が悪いわけでもないと思うが、転ばれたら何と言うか罪悪感を感じる。


 考え事はダメだと思いながらも、そのことを考えて教室を向かう僕。

 いつの間にか僕は教室の目の前まで来ていた。

 普段は橘が扉を開け、一緒に入るのだが今日は一人。


「ふぅ~」


 僕は一度大きく深呼吸をして扉に手をかけ、ゆっくりと開ける。


 ――ガラッ!


 先週までの景色はもうなかった。

 虐めっ子の姿があり、最近の静かさは消えていた。

 一年間ずっと見続けた嫌いな景色。

 僕はそれから目を逸らすように下を向き、自分の席へ。

 一歩一歩が重く、席まで遠く感じる。

 息苦しさもある。

 耳に入ってるく言葉が全て変だ。


「おい、楠……楠!?」

「あ、えっ……」


 僕の名を呼ぶ声と肩に当たる手の感触で、僕はゆっくりと顔をあげる。

 目の前にいたのは虐めっ子のガタイの良い奴。


「どうしたんだ?」

「いや、何も……」


 何もなくない。

 僕はどうしてしまったんだ。

 前なら何も感じなかったのに、今は……怖い。

 虐められることには慣れているはずなのに、今は虐められることを頭が体が拒絶している。

 虐めという呪縛から解放された僕は耐性を失ったのか。

 いや、これは失ったどころじゃない。


 僕は自分の精神状態に異常を感じ、頭を下げてその虐めっ子から離れようとする。

 だが、通り過ぎた時に肩を掴まれた。


「おいおい、くぅ~すぅ~のぉ~きっ!」


 僕の体はビクッと揺れた。

 それに肩を掴んでいる虐めっ子とその周り数人が笑う。

 こんなこと何度も経験したはずなのに、これ以上のことも経験したはずなのに……何でだ。


「なんかぁ~さっ? いつもよりビビってる?」

「えっ?」

「いやいや、いつもクールにしてたじゃん? どうしちゃったの?」

「べ、別に」


 僕は弱々しくそう呟く。

 それに面白おかしく笑う虐めっ子たち。


「その反応を待ってたのよ、こっちは!」

「……」

「最高じゃんか、最高かよっ! これは楽しめそうだぜぇ!」


 ガタイの良い奴はそう言い、他の虐めっ子三人に僕を捕まえるように指示。

 僕はすぐさま離れるが、壁際に追い込まれる。

 その時だった。


「やめなよっ!」

「あん?」


 一人の女子が声をあげた。

 橘ではない。知らない女子だ。


「お前も虐めてた一人だろ? 何急にイイ子ちゃんぶってんだよ」

「そうかもだけど、もうこれ以上は何もしなくてもいいでしょ?」

「は? こっちは停学のせいで春の大会に出れなかったんだわ」

「ウチもそうだし」

「雑魚ホッケー部と同じにすんな。こっちは強豪野球部。で、俺はそのエースだぞ?」

「それがどうしたって言うのよ! とにかく止め――」


 こっちに近付き、止めに入ろうとしたホッケー部の女子。

 だが、ガタイの良い奴――野球部のエースに突き飛ばされる。

 尻餅をつき、体を机にぶつけた。


「近寄るな、お前に興味なんぞねぇーだよ。サンドバッグは楠一人で充分だ」


 二人がそんな会話をしている最中。

 僕は二人の虐めっ子に手足を抑えられ、一人にガムテープで口を塞がれていた。

 もちろん抵抗する意思はあったが、男子三人に抵抗することは不可能だった。


「準備できたならさっさと移動するぞ」


 その野球部エースの言葉と同時に僕は連れ去られる。

 周りのクラスメイトはそんな僕をただ静かに見つめるだけ。

 あのホッケー部の女子はというと、他の女子に怪我の心配をされていた。

 心配する人を間違っている気もするが、友達でもない僕を心配する人はこの場には誰一人としていない。

 でも、恐らくこれが正しい。

 一人が反発して突き飛ばされたんだ。

 怪我をするのはもう僕だけでいい。


「お前ら、バレずに連れて来いよ」

「「「うっす」」」

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