56.「てるてる坊主?」
6月13日(土曜日)。
今日は体育祭の一週間前。
高校の体育祭や文化祭は小学校や中学校とは違い土曜日。
それに理由があるのかは知らないが、土曜日に学校に行くとは新鮮である。
「今日も雨ですね」
「そうだな」
二人でソファーに座りながら会話する。
昼食後のリラックスタイムみたいな感じだ。
ちなみに昼食は橘が作る卵トロトロのオムライス。
僕は初めて生で見た卵トロトロのオムライスに感動。
何度か僕も挑戦したことはあったが、上手いこといったことはない。
だから、これを作れることがどれだけ凄いか知っている。
橘はそれを素早く見た目、味も良く作るから料理は一流だ。
「来週は一応晴れる予定らしいですが、梅雨の天気予報は外れますからね」
「なかったら授業だよな?」
「はい。しかも、延期はしないとか」
「ここまで準備させてなしっていうのはキツイな」
「本当ですよ! 中止だけ絶対に嫌です!」
毎日のように昼休みと放課後は体育祭の準備。
加えてクラス内での出場競技決め。
放課後、二人三脚の練習など。
ここ一ヶ月間、体育祭関係で費やした時間は非常に多い。
それが雨という空の気分だけでパーになるのだから恐ろしい。
もちろん準備期間に学べることもある。
だが、目的は体育祭を実行すること。
別に体育祭が好きとかではないけど、やはり時間をかけて準備をしてきたのだからやりたいとは思う。
それに橘は結構やる気だし。
「橘は体育祭が楽しみなんだな」
「はい! 楠君がいる今年は楽しみです」
「僕も楽しみかな。友達がいる体育祭は初めてだしな」
友達がいる体育祭か。
体育祭なんて何一つとして思い出なんてない。
嬉しかったのは暇な授業を受けなくていいことぐらい。
男子女子ともに騒ぎ、クラスの距離が縮まる姿は僕には嫌な光景でしかなかった。
「去年も学級委員長として一緒に体育祭を過ごしましたが、あの頃は友達と言える仲ではなかったですしね」
「言ってもあの時から最近までほとんど変わらない関係だったけどな」
「この関係になってからまだ一ヶ月半ぐらいですもんね」
「ああ、正直やっと慣れてきた感じだ」
「本当ですか? この家に来たその日に一緒に寝ておいて?」
「それは橘が……」
「ふふっ、そうでしたね」
何だか嬉しそうに笑う橘。
こっちは笑えない。
なんか地味に攻撃されたし。
はぁ……今思えばよく一緒に寝たもんだ。
あの時はかなり頭や体が限界だったからな。
まともな判断ができなかったのだろう。
うん、そうしておこう。
僕は笑う橘から視線を窓の向こうの外へ。
そして口を開く。
「それより漫画でも読むか」
「ダメです」
「え、なんか予定でもあるのか? こんな雨だぞ?」
「買い物ではありません」
「じゃあ何だ?」
「今から……てるてる坊主を作ります」
「てるてる坊主……」
「はい! てるてる坊主です」
橘はニコニコと笑顔でそう言いながら、ソファーの横からティッシュと油性ペン、輪ゴムを取り出す。
準備から見て超やる気満々だ。
それにしても、てるてる坊主なんて小学生以来かもな。
なんかの授業で作った記憶がある。
それ以来は作っていない。
家ではティッシュが勿体ないからな。
「懐かしいな」
「私はよく作りますよ」
「そうなのか?」
「はい! 梅雨の時期はよく飾ります」
てるてる坊主って飾るものなのか?
雨が降らないことを願うものだよな。
橘はそれ知っているのか?
完全に夏の風鈴みたいな扱いだが。
「じゃあ得意なのか?」
「五百個ぐらい作っているので大の得意です」
てるてる坊主を五百個ってヤバいな。
人生でそんなてるてる坊主を作る人もなかなかいない。
もうてるてる坊主職人とお呼びしようかな。
「僕はあまり作ったことがない。教えてくれ」
「任せてください!」
橘はない胸を張って自信たっぷりな表情でそう言い、言葉を続ける。
「では、最初は見ていてくださいね!」
その言葉と同時にティッシュを一枚取り慣れた手付きで丸めていく。
次に丸めたティッシュを二枚目のティッシュで包み丸める。
それを合計四回行う。
五枚目のティッシュは丸めたティッシュを包み、てるてる坊主の頭と体を分ける。
橘はこの時に「頭と体の境目をはっきりすることが大切です」と一言。
それから頭と体の境目を輪ゴムで縛り、体の部分をヒラヒラ。
最後に好きなように顔を描いて完成。
「どうです? 可愛くないですか?」
「可愛いな」
「ですよねですよね!」
僕に褒められ、軽く飛んで喜ぶ橘。
ずっとてるてる坊主を誰かに褒めてもらいたかったのだろう。
それにしても、お世辞なしに高クオリティ。
顔を描くとグチャっとなりがちだが、四枚のティッシュを丁寧に丸くしたおかげと頭、体をしっかり分けたことによって頭の部分にしわがなくグチャっとなっていない。
体のヒラヒラも自然でスカートを履いているようだ。
「では次! 私と楠君で作りましょう」
「ご指導のほどよろしくお願いします」
「はい、分かりました!」
橘はニコッと笑い、ソファーの前にあるテーブルの端に作った第一号てるてる坊主を置く。
そして橘職人の指導のもと僕のてるてる坊主作りが開始。
最初は橘と同じように作るが、やはり上手いことできず。
顔がブサイクなてるてる坊主を見て橘は「ふふっ」とおかしそうに笑っていた。
僕もこのクオリティには苦笑するしかなかったので、笑ってくれてむしろ有難かった。
てるてる坊主作りの難しさを実感しながら、数でクオリティをあげることを決意。
ティッシュをこれだけ多く使うことに罪悪感を感じながら、橘が横で見守る中てるてる坊主を作り続ける。
そんなこんなで二時間が経った頃。
「これ最高じゃないですか!」
「そ、そうか?」
「はい! 超可愛いです!」
「まぁかなり時間かかったけどな。上手くできたのは橘のおかげだ。ありがとうな」
「いえいえ、楠君が頑張ったからです」
橘は満面の笑みでそう褒めてくる。
僕はそれに照れそうになりながら顔を逸らした。
視線の先は褒められたてるてる坊主。
最初に作ったものがテーブルの端にあるが酷い。
でも、それはそれで味が出でいる気がした。
「そろそろ飾りましょうか」
「そうだな」
僕たちはリビングにあるカーテンのレール部分に紐でてるてる坊主を飾っていく。
その数は約五十体ほど。
半分以上が僕の失敗作。
「なんか恥ずかしいな」
「成長過程が見れていいじゃないですか」
「んー、まぁそういうことにしておくよ」
数分後。
最後の一つを飾り終わり、僕たちはカーテンから離れる。
「いいですね」
「ちょっと多い気もするが」
「これぐらい多くないと来週は晴れません!」
ちゃんとてるてる坊主を知っていたか。
良かった良かった。
地味に知ってるか気になってたんだよ。
にしても、かなりインパクトのある光景だな。
でも、梅雨って感じがしてイイ。
窓から見える雨と相性抜群だ。
「そうだな。これだけあればきっと晴れるよ」
「はい。綺麗な青空が見れそうです」
来週の天気は分からない。
でも、雲の間から差す光が、来週は晴れると言っているような希望の光に見えた。
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