47.「【練習】二人三脚」
体育祭の準備が始まってから一週間が経った。
もう六月に入り、雨が続く日が増えたが、体育祭の準備は忙しくなるばかり。
放課後に残ることも増えた。
それはいいとして先日、体育祭の出場競技は決まった。
全員参加の競技は二つ。
100m走と綱引き(男女混合)。
その全員参加とは別に選択競技がある。
障害物競走、借り物競争、二人三脚。
僕のクラスでは楽という理由で障害物競走が人気に。
借り物競争は一番人気がなく、ほとんど停学中の生徒になった。
で、僕と橘は二人三脚。
男女の制限もなく自由に組めたので、橘に誘われてやることになった。
他にもクラス対抗リレーという競技がある。
だが、それは春先に計った50m走のタイムが早い生徒が代表として出ることになっていた。
僕はまず計ってないので論外。
橘はタイムは速い方らしいが、運動部の女子よりタイムは下だったようで代表になることはなかった。
そんな感じで順調に体育祭の準備は進んでおり、学級委員長の僕たちは去年と違い、ホッとしていた。
体育祭実行委員の二人が優秀で助かっている。
特に女子の山瀬は優秀で、林は山瀬の指示に従っているという感じだ。
恋愛の方の進展はないと見て良いだろう。
「楠君、何ボーっとしてるのですか?」
「あー、悪い」
「橘に怒られてしまった」
実は現在グラウンドで二人三脚の練習中。
久しぶりに放課後、体育祭の準備がなかったので橘がやろうと言ってきた。
もちろん断る理由もなく、やっているという感じだ。
運動するということで今は体操服姿。
僕が右足、橘が左足に二人三脚の紐を結んでいる。
それにしても、二人三脚とは難しい。
何度もやっているが失敗してばかり。
でも、その理由は分かっている。
友達がいない僕たちが二人三脚をやったことがなかったからだ。
「最初の三歩が重要なのですよ」
「何度も聞いたって」
「では、いきますよ」
橘の「せーのっ!」という掛け声ともに僕は右足、橘が左足を出す。
「「一、二、一、二――」」
「キャッ!」
「おっと……ふぅ~、危なかったな」
橘が態勢を崩し転びかけたが、僕が肩に手を回して何とかセーフ。
二人三脚は一人が転ぶともう一人も転ぶから厄介だ。
「は、はい。ありがとうございます。あの肩……」
「あー、悪い」
僕はそう言われて気付き、すぐに肩から手を離す。
「別に構いません。それより集中してください!」
「えっ、今の僕が悪いの?」
「そうです。私に歩幅を合わせないからです」
「えぇ~そんな滅茶苦茶な」
それには思わず笑いそうになる。
言ってることが酷いからな。
今のは完全に橘が躓いた。
じゃないとアレほど態勢を崩さない。
「滅茶苦茶じゃないです」
「いやいや、滅茶苦茶だって。今、躓いたの見てたよ?」
「……気のせいです」
今の不自然な間、黒と言っているようなもの。
それに加えて分かりやすく顔も逸らしたな。
全く、人のせいにするとは悪い子である。
そんな悪い子にはお仕置きだ。
「お仕置き……チョップ!」
「いてっ! な、何するのですか!?」
「嘘ついた罰だ」
「ご、ごめんなさい」
少し痛そうな表情で頭を両手で抑えながら謝る橘。
最初の時点で自分のミスだと認めていればチョップを食らうことはなかったのにな。
まぁ躓いたのが恥ずかしかったのだろう。
橘は優秀な生徒だからかミスを恥ずかしがることが多い。
完璧主義者なのかもな。
「まぁいいけど。それより二人三脚って難しいな」
「はい。予想以上です」
「練習しないと本番で恥を掻きそうだ」
「その可能性はありますね。なので、練習しましょう」
「だな」
橘の「せーのっ!」でまたスタート。
しかし、先ほどと同じく、四歩目で態勢を崩す。
そして……
「やばっ……」
「キャッ……」
――ドンっ!
二人揃って尻餅をついた。
「橘、怪我はないか?」
「はい。大丈夫です。楠君の方は大丈夫ですか?」
「ああ、今日はもう止めるか?」
「ラスト、ラスト一回しませんか?」
橘が力強い声でそう言うから仕方なく頷く。
だが、もう一度やったところで何かが変わるとは思えない。
また転ぶに違いない。
僕たちは立ち上がる時に転ばないように気を付けて立ち上がる。
何とか無事立ち上がり、僕はズボンを叩く。
一方、橘は熱心に考えていた。
「何か得策は浮かびそうか?」
「んー、そうですね。いつもは歩幅があっているのですよ」
「確かに登下校は横並びだな」
「一体何が違うのでしょうか」
「二人とも右利きだからな。橘は左足スタートに慣れてないんだと思うぞ」
「なるほど」
「それが分かったところで安定することはないが」
二人三脚は右利きと左利きの方が有利だ。
右利きと右利きだと僕たちのようになる。
器用な人でも最初は違和感を感じて上手いこといかないはずだからな。
実際、橘がそうなっている。
「安定ですか」
「ずっと不安定だろ?」
「言われてみれば……あ、いえ、一度だけ安定した時がありました」
「そんな時あったか?」
「はい! 楠君が私の肩を持った時です」
確かにあの時は安定していた。
でも、アレは何と言うか転びそうだったから持っただけで、ずっとアレで二人三脚をするのはな。
そんな僕の思考を無視し、橘はその作戦で行くらしい。
「二人で肩を持ち合いながら二人三脚しましょうか」
「まぁ物は試しって言うしな」
そういうわけで僕は橘の右肩を持つ。
橘は僕の左肩を……
「た、高いです」
身長差で持てないようだ。
どうしたものか。
「どうする?」
「肩がダメなら腰にしましょう!」
「腰か」
「はい、それなら私も届きます。ほら!」
嬉しそうに笑みを浮かべて僕の腰に手を回す橘。
僕も続けて腰に手を回すが身長差で腰ではなく、橘のお腹辺りに手がいく。
肩とは違い、柔らかな感触に少し戸惑う。
加えて、腰に手を回し合っているので、自然に距離が近くなった。
「こ、これでいいか?」
「お腹ですがいいですよ。その代わりプニプニするのは禁止です」
「しないよ」
「本当ですか?」
「本当だ」
「ならいいですが、もしプニプニしたら私はお腹が弱いのでくすぐったくて転んでしまいうので、注意してくださいね!」
「あ、うん」
そういう理由だったのね。
少し太ったからプニプニされるのが嫌とか。
あんまり触られたくないとかだと思ったよ。
まぁどんな理由があってもプニプニはしないが。
「じゃあラストいきますよ! せーのっ!」
「「一、二、一、二、一、二……」」
その後も自然と前に進む僕と橘。
そしてそのまま数十メートル転ばずに歩くことに成功。
「や、やりましたっ!」
「だな!」
「イェーイです!」
「お、おう! イェーイ!」
僕たちは成功した勢いで慣れないハイタッチをする。
それに僕だけが恥ずかしさを感じていたが、橘の方は成功したことが嬉しかったのかずっとニコニコ笑みを浮かべていた。
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