46.「体育祭実行委員」
本日最後の授業――六時間目。
生徒会長が言っていたように、今日から体育祭の準備が始まる。
で、その最初の準備というのが……
「今から体育祭実行委員を決めます」
ということだ。
僕と橘が教壇に立ち進行をする。
まぁ優秀な橘がほとんどやってくれるがな。
その前に体育祭実行委員とは。
名前通り体育祭を実行する委員のことである。
クラスから男子女子各一名ずつ。
仕事内容は僕たち学級委員長と似たような感じ。
基本は僕たち学級委員長が仕事を行うが、体育祭の準備期間は短いため学級委員長だけでは人手が足りない。
だから、学級委員長の代わりとして体育祭関係の仕事を手伝ってもらうだ。
と言っても、そんな面倒なことは誰もしたくない。
しかも、男女二人。
恋愛したい人たちになら絶好のチャンスかもしれないが、それ以外だとかなり気まずい。
クラス全員が仲が良いわけでもない。
ましてや男女になると仲の良い人の数は更に減る。
加えて、虐められていた僕たちとの会話が自然と増える。
そこに気まずさを感じる生徒は少なくないだろう。
僕は名前と顔が一致しないぐらいクラスメイトを覚えていないので、気まずさなんて一切ないがな。
「男子一人、女子一人の計二人です。運動部の方は他に体育祭の準備があるので、運動部の方以外で誰かやりたい人はいますか?」
「……」
橘の問いに対し、みんな顔を下に向けて黙り込む。
運動部と思われる人たちだけがキョロキョロと周りを見渡していた。
自動的に候補から排除されて心が楽なのだろう。
こういう時はみんな『早く誰かやれ』と思うものだからな。
はぁ……去年と同じ光景だ。
「本当に誰もいませんか?」
「はぁ……誰もいないのか? せっかく一番楽しい高二の体育祭というのに勿体ないなぁ」
反応しない生徒を見て桜木先生がそう言うが反応はやはりない。
それには苦笑いしながら、頬をかく桜木先生。
学級委員長としても教師としてもこうなると困る。
最終手段のジャンケンはあまり使いたくはない。
出来れば意欲のある生徒にやってほしいからな。
そうじゃないと決められた仕事をしない場合がある……去年のように。
少し沈黙が流れた後、椅子に座っていた桜木先生が壇上に。
僕たちはそれを見て少し離れた場所へ。
「やりたくないのは分かる。アタシも学生時代は嫌いだった」
桜木先生は「けど」と言い、言葉を続ける。
「今になってやっておけば良かったと思うよ」
その何とも言えない悲しそうな後悔がこもった声に生徒は顔をあげた。
みんなの顔があがったことを確認して、桜木先生は僕たちに席へ着くように言う。
もちろん断る理由もないのですぐに席へ。
すると、過去話を始めた。
「どうせ決まらないし、アタシの過去話でも聞いてくれ」
生徒はそれを聞き、下を向くことなく桜木先生を見続ける。
どうでもいい話なのだが、何故か興味が湧く。
恐らく先ほどの後悔の言葉を聞いたからだろう。
「実はアタシ……当時彼氏がいたのよ」
「「「「えぇ~ぇぇぇぇえっ!」」」」
クラスのほとんどがそんな反応をする。
「何その反応は。こんな綺麗な人に彼氏がいないとでも?」
「巫女ちゃん、それ自分で言うの?」
「巫女ちゃんは確かに綺麗だけど何と言うかなぁ~」
「そうそう近寄りやすいけど、近すぎるというか……」
桜木先生に対して生徒が好き勝手に意見を言うと、桜木先生は少し頬を膨らませて何故か笑った。
生徒はそれを見て同じように笑う。
「みんな言ってくれるな。まぁいいけど。それより話の続きをするね」
その言葉で静かになる生徒。
桜木先生がこのクラスにどれだけ適しているか分かる。
友達の距離感だからこそ、すぐに信頼を勝ち取ったという感じだ。
「それで彼氏がいたんだけど、体育祭のせいで別れたんだよね」
「何で?」
「それが体育祭実行委員だよ。彼氏が少し可愛い系の女子と仲良くなってさ、それであっさり振られたよ。この美人のアタシを振るとかどうかしてるよね?」
それと同時に桜木先生が「はぁ……」と重いため息。
口調が酔っ払いみたいだが、なんか変なスイッチでも入ったのだろうか。
一方、生徒は何とも言えない顔で見ている。
その気持ちは僕も分かる。
どう反応したらいいか分からない。
「というわけで、体育祭実行委員になるとカップルになれます……」
不貞腐れたような言い方でそういう桜木先生。それにはもう生徒は苦笑するしかない。
「だから、みんなも体育祭実行委員はした方がいいよ。うん、した方がいい……」
何と言う説得の仕方。
普通は『たまたま体育祭実行委員になったら、その男子に体育祭で告白されて付き合うことが出来て最高の高校生活になりました』とかじゃないの?
いや、実際は知らんけど。
でも、このパターンは特殊だと思う。
周りの反応を見る限り。
「じゃあ学級委員長は戻ってきて」
「は、はい」
橘がそう返事し前へ。
僕も同じく続く。
桜木先生は過去に後悔した様子で椅子に腰を下ろしていた。
それをほっといて橘が口を開く。
「桜木先生はそういう過去があり、未だに彼氏もいなく独身ですが、皆さんはこの機会に彼氏彼女を作り、桜木先生のような未来を回避しませんか?」
「うっ……亜夢ちゃん。アタシ悲しいよ」
「事実です。現実を受け止めてください」
そら悲しいだろう。
橘のやつ多分悪気はないと思うが、自然と追い打ちしてやがる。
しかも、かなりキツイやつ。
加えて現実まで見るように言うとは鬼だ。
流石のこれには桜木先生もダウン。
それを気にすることなく、橘は生徒にもう一度問う。
「では、もう一度聞きます。体育祭実行委員になりたい人はいますか?」
「……」
恋愛攻めしたものの上げる生徒は……いない。
桜木先生は「マジか……」と一言。
これでは桜木先生がダメージを負っただけ。
そろそろ僕がどうにかしないとな。
そう思った時だった。
「は、はい」
小さな声だったが、一人の女子生徒が手をあげる。
同時に皆がその子に視線を向けた。
恥ずかしそうにしていることからあまり表に立たない生徒なんだろう。
でも、小柄で可愛らしい女子生徒だ。
そう思っていると、急に男子たちが目をキョロキョロさせ、同時に数人が手をあげる。
意外とこの女子生徒は男子から人気があるらしい。
「女子は
橘がそう言うと、気合いを入れる男子四人。
目をギラギラと輝かせている。
このジャンケンにかける思いがあるのだろう。
誰がなっても意欲的に取り組んでくれそうだ。
ジャンケンの結果、男子は
他の男子は膝から崩れ落ちた。
「それでは体育祭実行委員を山瀬さん、林君にやってもらいます。皆さん、大きな拍手をお願いします」
橘の言葉と共に大きな拍手が起こり、同時にチャイムが鳴って授業は終了した。
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