44.「ハムカツ!?」

 特殊な相合傘で何とか家に到着してから数時間後。

 雨は嘘のように止み、空には星が輝いていた。

 先ほどの雨は一時的なものだったらしい。

 運が良いのか悪いのか。

 まぁ悪いのだが。

 それはもう終わったことなので仕方ない。


 それより僕と橘は先にお風呂に入り(もちろん別々に入浴)、既にパジャマ姿。

 現在、橘の方は夕食の準備。

 僕はリビングで漫画を読んでいる。

 漫画の方はそろそろ終盤。

 後二巻ほどで最新刊まで追い付く。

 それは嬉しいことであり、少し心配でもあった。

 理由は先を読めないことが怖いからだ。

 無限にあると思っていた漫画がもう止まる。

 しかも続きで。

 先を知るのは作者だけで、僕たち読者は待つことしかできない。

 その待つ期間をどうすればいいのか分からないでいた。


「楠君、夕食が出来ましたよ」

「ああ、今行くよ」


 僕は漫画に栞を挟み、漫画をソファーに置いてご飯が並ぶテーブルへ。

 そのままゆっくりと腰を落とす。


「今日はいつもより豪華だな」

「えへへ、そうでしょう!」

「なんかいいことでもあったか?」

「はい! 楠君がテストで学年トップになったということで、今日はそれを祝って豪華な夕食にさせていただきました」

「別に学年トップは普通だろ?」

「違いますよ。私は毎回頑張っていたのですから」

「それはなんか悪いな」


 分かりやすくしょんぼりした表情を見せたので、僕がすぐに苦笑交じりで謝る。


 橘はかなりの努力家だ。

 それは今回のテスト勉強期間を見て分かった。

 だというのに、僕みたいな何の勉強もしていない人間が勝ってしまった。

 いや、僕も勉強してないわけではない。

 もう勉強をし終わったという方が正しいか。

 点数を操作するにはそれだけ知識がいる。

 そのために中学時代に猛勉強し、大学卒業レベルの学力を手に入れた。


「別に気にしてません。私は少しホッとしています」

「何でだ?」

「楠君なら私に本気を出さないかもしれないと思っていたからです」


 本気を出さなかったら、一生気にされていたんだぞ。

 えっと、何をだったけ?

 あー、そうだ。

 テストでわざと手を抜いていたことを。

 そうなの嫌だからな。


「そんな心配をしていたのか。意外だな」

「だって、楠君は優しいですから」

「そんなことないさ」

「あります!」


 はっきりと真面目な表情でそう肯定され、嬉しく思いながらも恥ずかしくなる僕。

 すぐに言葉は返せなかった。

 数秒の沈黙の後、僕は口を開く。


「それよりご飯が冷めるから食べようか」

「そうですね」


 僕は話を変え、夕食を進める。

 今日の夕食は揚げ物。

 と言っても、ほとんどカツ。

 いや、全部カツだ。


 僕たちは「いただきます」と言い、夕食を開始。


「今日はカツオンリーなんだな」

「楠君が勝ったのでカツです」


 何かの勝負に勝つためのゲン担ぎにカツを食べるとは聞くが、勝った者にカツを食べさせるというのは初めてだ。

 僕が知らないだけで、よくあることなのか。

 うん、ないな。

 恐らく橘オリジナルだろう。


 何肉か気になるところだが、適当に選んでソースをかけてご飯と食べる。


「うん、美味い! チキンカツか」

「お、チキンカツでしたか」

「その言い方だと何か色んな種類がありそうだな」

「はい、八種類ほどありますよ」


 僕、八種類もカツ知らないよ。

 トンカツ、チキンカツ、ヒレカツ、牛カツぐらいだ。

 残りの四種類は一体何の肉だろうか?


「変な肉はないよな?」

「変な肉などこの世にありません」


 それを言われたら、何も言い返せない。

 以前、カツサンドを食べた時に兎肉、鹿肉、ワニ肉、馬肉とか言っていたような記憶があるな。

 まさかその四種類?

 えぇー、軽いロシアンルーレットじゃない、これ。


「どうされましたか? 食欲がありませんか? 熱ですか?」


 超心配されてる。

 もう食べるしかないのか。


「いや、八種類もあるから選ぼうと思って」

「なるほど。そういうことだったのですね」


 今ので納得してくれたようだ。

 でも、これ以上時間をかけても意味がない。

 出来るだけ特殊じゃないカツを選ばないとな。


 お、このカツだけ他のより薄いぞ。

 特殊な肉を薄く切るわけもないし、これはトンカツを薄くしたに違いない。

 僕の家のトンカツはこのサイズだったしな。


 僕は自信を持ちその薄い肉を皿の上へ。

 ソースを軽くかけ、口へ運ぶ。


「ん? トンカツ……じゃない?」

「それはハムカツですね!」

「ハムカツ?」

「はい、ハムのカツです。このカツの中で一番の安物ですよ」

「安物?」

「そうです。だから、薄い肉ではなく、分厚い肉を食べてくださいね!」


 ハムカツ……安い。

 トンカツよりもチキンカツよりも安い……。

 安いだと!?

 この世にそんなカツがあったのか!

 し、知らなかった。


「このハムカツというものは有名か?」

「お惣菜ゾーンにもあるぐらいなので有名だと思いますよ」


 僕、全部手作りしてたから知らなかったぞ。

 こんなものがあるのなら言ってくれ!

 店員さん教えてよ!

 ハムカツって普通に美味しいし!

 うわぁー、なんかショックだわ……。


「なんか顔色が悪いですが、ハムカツは苦手でしたか?」

「いや、違う。違うんだ。ただ……」

「ただ?」

「ハムカツを知らなかった僕を殴りたいだけだ!」

「えぇ……」


 ハムカツ。

 お前のことはもう覚えたからな!

 次、貧乏生活する時はよろしく頼む!

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