41.「橘より漫画? 漫画より橘?」
金曜日に漫画を買ってから二日が経ち日曜日。
僕は順調に漫画オタクの道を歩んでいた。
金曜日は買ってきた約700冊の漫画を透明なブックカバーに入れるようにという橘の命令で一切読めなかった(寝不足になった)が、土曜日から本格的に読書を開始。
最初は一冊に三十分ほど掛かっていたが、すぐに読むスピードは向上。
今では一時間で五冊は読めるようになった。
土曜日から読んでいる作品はあの最新刊が九十七巻の日本一の漫画。
現在は七十八巻まで読破。
正直、僕がここまでのめり込むとは予想外だった。
すぐ飽きるだろう思っていたというのが本音。
しかし、それはイイ意味で裏切られた。
漫画とは面白く、感動できる素晴らしい物語。
友情、愛、勇気、覚悟。
全てが詰まっている。
何度泣いたことか。
僕の冷め切っていた心に熱を感じ、日本一の漫画という理由にも納得。
五十四巻から五十九巻は涙が枯れるほど泣いた。
母さんが亡くなった時より泣いた。
で、今から七十九巻を読み始めるのだが……
「何で橘が僕の部屋にいるんだ?」
「ちゃんと許可取りましたよ?」
昼食を食べ終わってからずっと自室で読書していたのだが、いつの間にか橘が僕の部屋に侵入していたようだ。
全く、漫画とは恐ろしい。
僕は集中すると現実から漫画へ意識がいくようで、現実の意識が本当に無くなる。
そのせいで橘の侵入にも気付かなかったようだ。
もしくは勝手にオッケーを出したか。
「そ、そうか。それで何の用だ?」
「何の用だじゃないですよ。ずっと漫画読んでるじゃないですか」
「そら橘に進められたからな」
「まぁそうですけど、いくら何でも読みすぎです」
言われてみれば、土日だけで何時間読んだだろうか。
十時間?
いや、十五時間ぐらいは読んでいたか?
けど、面白いからな漫画。
「そうか?」
「そうです! 目の下にクマまで作って昨日は何時に寝たのですか?」
「んー、午前五時とか?」
「きょ、今日じゃないですか!」
「確かにそうだな」
そのツッコミに思わず苦笑いを浮かべる僕。
だが、橘は真面目だ。
「私はですね。楠君が暇と言ったから漫画を買ったのですよ」
「暇な時に読んでるぞ?」
「いいえ、違います。午後十一時から午前五時は寝る時間です」
「……」
それを言われてしまったら言い返す言葉がない。
僕は目を逸らし、下を向いて黙り込む。
「楠君、下を向かないでください。話は最後まで聞くのですよ」
「は、はい」
橘って母親みたいだな。
漫画やゲームをやりすぎる子供が母親に怒られる気持ちが分かったぞ。
でも、漫画は魅力的なんだよな。
特に今まで読んでこなかった僕にとっては。
「漫画は午後十一時までにします」
「ほ、本気で言っているのか?」
「本気も本気です! それと漫画を読んでいる途中でも反応してください!」
「そんな無茶な……」
「反応しなかった場合は私がいたずらしますからね、ふふっ」
なぜか急にニヤケ面でそう言う橘。
絶対にいたずらが楽しみなだけだろ。
何かしらの対策を取らなければな。
橘だから何をされるか分からない。
シンプルに怖い。
さっき何もされなかったことが奇跡だ。
「返事はどうしましたか?」
「はい、分かりました」
「よろしい! では、二人で漫画を読みましょうか」
橘は柔らかな笑みを浮かべながらそう言い、僕のベッドに腰を下ろす。
「一緒に読む必要あるか?」
「ありますよ!」
「どこに?」
「どこかに?」
「何で疑問形なんだよ。まぁいいけど」
僕は早く漫画の続きを読みたいので話を軽く流す。
橘の手に漫画があるのを見る限り、違う漫画を僕の部屋で読むということなのだろう。
何が目的かは知らないが、別に問題はない。
「では、奥に詰めてください」
「は、はい?」
「だから、ベッドで一緒に寝転んで読むのですから奥に詰めてください」
「狭くないか? というかベッドで読む必要ある?」
「あるのです!」
橘がそう言い切るのだから、僕はもう従うしかない。
すぐに奥に詰めると橘が寝転んでくる。
いつもより顔が近い。
イイ匂いもする。
「これでいいか?」
「いいですよ、ふふっ」
「何かおかしかったか?」
「いえいえ、そんなことはないですよ」
じゃあ何で笑ったんだよ。
怖いよ。
「えっとですね、この二日間、楠君が漫画ばかり読んでいたじゃないですか」
「そうだな」
「それで気付いたのです」
「な、何をだ?」
「楠君が寂しいと思った理由をです」
「なるほどな」
「一緒の家にいるのというのに本当に寂しいですね」
「ああ」
「ですからこれからは出来るだけ傍にいさせてください。そして出来るだけ私の傍にいてくださいね!」
綺麗な天使のような笑みで僕の瞳を貫く橘。
表情と言葉のコンボで思わず息をするのを忘れ、見惚れてしまった。
友達に言う言葉か、それ。
そう思いながらも心は嬉しく感じていた。
正直な心だ。
「く、楠君? 本を落としましたよ?」
「あ、悪い」
「では、夕食まで漫画を読みましょうか」
「だな」
僕の言葉を最後に、僕たちは漫画の世界へ入っていったのだった。
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