37.「本屋【1】」

 甘いアイスを食べ終わり、僕たちは目的地の本屋へ。

 僕は本を買わないので本屋には初めてきたのだが、本屋を軽く見渡す限り本しか売っていない。

 一見図書室と変わらないと思ったが、本の量が全く違う。

 この大型ショッピングモールの本屋はこの辺では最大級の広さらしく、見た感じ体育館四個ぐらいの広さはある。

 そこから考えるに何万冊、いや、何十万冊の本がここにあることになる。

 正直、信じられない数だ。

 これだけあると目的の本を探すのも一苦労と思いきや、分かりやすく分野ごとに分けられている。


「楠君、そちらに行ってはダメですよ」

「ん? 何でだ?」

「それはエッチな本が多いからです」

「そ、そうなんだな」


 想像以上の広さと本の量に気を取られているとそんなことを言われた。

 もう少しオブラートに包んで言ってほしいものだ。

 大人の本とかな。

 まぁという言葉を言うことに恥ずかしさを見せないあたり、やっぱり橘は少し変わった女の子だと思う。


 橘に連れられて歩くこと数分。

 一体、どれほど広いのだと思っていると橘の足が止まった。


「ここが漫画コーナーです」

「え、えっと漫画コーナーってどこからどこまでだ?」

「そうですね。恐らくあそこからあそこまでです」


 少し周りを見た後、指を差しながらそう言う橘。

 普通な感じで言っているが、実際その広さは体育館一個分はある。

 漫画コーナーだけで体育館一個分。

 日本の漫画とは一体どれほど発売されているのだ。

 正直、かなり驚いているし、選べる気がしない。


「そうか。で、僕はどうしたらいいんだ?」

「面白そうな漫画を選ぶのです」

「それは分かるが、いきなりこの量の中から面白そうな漫画を選ぶのはなかなか難しい気がするんだが」

「それもそうですね。では、少年漫画ゾーンに案内します」


 橘はそれだけ言うとすぐに足を動かす。

 僕はそんな橘の背中を追う。


 ところで、少年漫画とは何だろうか?

 僕にオススメするということは男性向けの漫画だと思うが、どういう系なのかどんなものがあるのか想像もつかない。

 まず僕は漫画を知らないので、どれが少年漫画で少女漫画なのか判別も出来ない。


 そんなことを考えているうちに少年漫画ゾーンへ。


「少年漫画だけだというのにこれだけあるのか……」

「はい。少年漫画の出版社だけでもそこそこ数がありますからね」

「あ、これは見たことあるな」

「それは日本で一番売れている漫画ですよ。私も一応全巻揃えています」

「ん? 九十七巻?」

「最新刊が九十七巻なのです」


 九十七巻……は?

 はい? ん?

 色々と頭が混乱しているぞ。

 漫画は一作品でそんなに数があるのか。

 十巻ぐらいで終わると思っていた。


 と、僕が唖然としていると橘が口を開く。


「ここまで続く作品も珍しいですよ。長くても二十巻から四十巻でしょうか」

「へー、そうなんだな」


 意外と少ないな、いや違う。

 二十巻、四十巻も充分長い。

 九十七巻のインパクトで脳が一瞬おかしくなったじゃないか。


「これ買いますか?」

「いや、買わない買わない。橘が持ってるんだろ?」

「そうですが、貸す気はありませんよ?」

「えっ、何で?」

「私、人に本を貸さない主義なのですよ。それに漫画を読む者は絶対に借りるのではなく、買うことが義務だと思うのです!」

「な、なるほど」


 橘が本を貸さなかった理由は少女漫画しか持っていないとかではなく、こちらが本音ということか。

 まさか橘が漫画がこれほど好きとは思ってもいなかった。

 でも実際、読んでいるところを見たことがない。

 まずそんなに漫画が部屋にあった記憶もない。


「ですから楠君の漫画は楠君の漫画。私の漫画は私の漫画として買うのです!」

「それは分かったが、橘は漫画をそんなに読むのか?」

「はい、そこそこ読みますよ! 漫画保管専用部屋を作る程度には」


 漫画保管専用部屋を作るレベルはじゃない。

 かなりというか異次元のレベルだ。

 てか、漫画保管専用部屋って何だよ!

 まずそんな部屋があの家にあったことが驚きだ!

 確かに部屋はまだ余っていたが、漫画を保管するだけの部屋とは想像もしてなかった。


 想像の斜め上の返答に言葉に詰まる僕。

 橘はそんな姿を不思議そうに見ながら、何か気付いたみたいな表情を見せて話し出した。


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ! 楠君専用の漫画保管専用部屋も先ほど作るように業者に連絡しておいたので!」


 い、いつの間にそんな連絡を……。

 まだ漫画を一冊も買ってないのに。

 気が早くないか?

 というかマジでその業者どこの誰なの?

 絶対に僕の部屋を準備してくれた業者じゃん。

 優秀かよ!


「あ、ありがとう」


 もう僕は苦笑交じりにそう答えるしかなかった。

 そして漫画オタクの道が強制的に始まった瞬間だった。


「いえいえ! では買いましょうか」

「ああ、そうだな」

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