36.「ロシアンルーレットたこ焼き【2】」
水、氷の用意は完了。
後はロシアンルーレットたこ焼きを待つだけ。
僕はそんな状態に謎の緊張感を覚えていた。
待つこと数分。
たこ焼きを乗せたトレイを持ってニヤニヤと歩いてくる橘の姿が目に入る。
橘の方は僕とは真逆で楽しみなのだろう。
一体、どこに楽しいという要素があるのか。
僕には一切分からないが。
「お待たせしました」
「い、意外と早かったな」
「そうでしょうか? 結構待ったのですが」
「そうなのか」
こっちからしたら早いのだ。
恐怖を待っていたのだから早いのだ。
「それよりその水と氷は?」
「念のために用意した」
「そういうの用意した人に限って当たりますよね」
「うっ……」
今この瞬間、変なフラグが立った。
完全にビンビンに立ったぞ。
何で橘はそんなこと言うかな。
僕が苦手で恐怖してるだけで、フラグがビンビンなのに、更にフラグを立てて。
新手の虐めか?
フラグ虐めか?
「とにかくロシアンルーレットたこ焼き食べましょうか」
「あ、ああ。そうだな」
は、始まってしまうのか。
ついに始まるのか。
もうなんか既に口の中が辛いんだが。
唾がめっちゃ分泌されてる感覚あるし。
「まずは先攻後攻を決めないとですね」
「じゃんけんで決めるか?」
「おー、じゃんけんとは何年ぶりでしょうか」
確かにじゃんけんって久しぶりだな。
友達いないとやる機会ないし。
「では、行きますよ」
僕は息を呑み頷く。
「最初はグー! じゃんけん……ぽんっ!」
僕の出した手はパー。
橘が出した手は……チョキ。
「私の勝ちですね、ふふっ。それじゃあ後攻で」
「ぼ、僕が先攻か」
何でこう言う時のじゃんけんって勝てないのかな。
もう先攻とか、一発で引くフラグじゃん。
完全にそうじゃん。
ま、マジか……。
そう思いながらもニコニコ見つめてくる橘の圧があるので、僕は長い爪楊枝を持ち適当にたこ焼き一刺し。
こういう時は選ぶほど当たる。
だから、ここは敢えて適当。
うん、適当だ。
「一発で終わらさないでくださいよ」
だから、何でそんなこと言うの!
絶対に一発で終わるフラグだから、それ!
本当にやめてくれ!
「あ、ああ。もちろん。六分の一だから大丈夫だよ」
「確かに六分の一ってなかなかですからね」
何で僕は自分でフラグ立てちゃうの!
てか、もう全部フラグになるのはなぜ?
もう僕に逃げる道はないと?
神はいないのか?
「じゃあ……いただきます」
僕は一度口に溜まった唾を飲み込む。
そして覚悟を決め、たこ焼きを一口。
――んっ!
「あ、あっ! あっ! ほっほっほっ!」
「言い忘れていましたが、出来立てなのでとても熱いですよ」
それは忘れたらいけないやつだ。
普通に火傷するから。
実際、火傷してるから。
てか、結構待ったのは焼き立てだったからか。
クソ、辛さを警戒して熱さの警戒を忘れてたぞ。
僕は水を使いながら何とかたこ焼きを呑み込む。
「ふぅー、セーフのようだ」
「そうみたいですね」
実際はセーフに見せかけたアウトだけど。
もう口の中が痛い。
辛いたこ焼きは回避できたが、火傷は回避できなかった。
「次は私ですね」
そう一言呟き、あっさりとたこ焼きを刺して一口。
「あ、あちゅっ! ほっほっ……ほぉんとぉーにあ、あついですね。ほっほっ……」
「知ってる。とても知ってる」
というか何で一口でいったんだ。
熱いと分かっていたというのに。
僕の水を一つパクリたこ焼きを呑み込む橘。
で、そのまま笑みを浮かべて口を開く。
「私もセーフでした」
「そ、そうか。それよりも一口は火傷するぞ?」
「もちろんそのことは分かっていたのですが、楠君に熱い思いをさせたので私も同じ思いはしないといけないと思いまして」
「いやいや、そんなのは気にしなくていいから」
僕は呆れながらそう言うと何故かニヤニヤしていた。
うん、よく分からん。
ロシアンルーレットたこ焼きが楽しいのか。
僕に心配されて嬉しいのか。
どちらにしても、ニヤニヤする場面ではない気がする。
「二周目いくぞ」
「はい、お願いします」
数分後、二周目も無事二人ともセーフ。
つまり、現在目の前には二個のたこ焼きが存在する。
辛いたこ焼きと普通のたこ焼き。
もちろん見た目では分からない。
二分の一まで来ると緊張感が違う。
しかし、これを外せば僕の勝利は決まる。
「楠君」
「ん?」
「最後は二人同時に食べませんか?」
「なるほど。それはいいな」
橘のやつ名案だ。
先攻後攻もないようなもの。
二分の一に変わりはないが、順番に食べるのと一緒に食べることは全然違うからな。
「どちらにしますか?」
「んー、じゃあこれで」
「では私はこちらですね。同時にいきますよ」
「ああ」
もう緊張感はない。
二分の一で当たったら仕方がない。
「いきます。あーん――」
「ちょ、ちょっと待てっ!」
「はい……?」
僕が口を挟むと不思議そうに首を傾げる橘。
急に「あーん」は普通に焦る。
「何で食べさせ合いなんだ?」
「最後は自分が選らんだ逆を食べさせ合うのですよ?」
「そんなルールがあったのか」
「いえ、今さっき私が決めました」
平然とした顔で言うな!
それと勝手にルールを付け加えるな!
「はぁ……まぁそのルールでいいよ」
「じゃあ、楠君あーん!」
「橘もあーん!」
僕たちは自分のたこ焼きを自分とは違う口に入れる。
まさか初あーんがこんな形とは……。
いや、これは初あーんじゃない。
二度目だ。
以前、ここに来た時にクレープであーんをした記憶がある。
完全に忘れていたが。
あの時はまだ頭が混乱中だったからな。
冷静になって今あの時のことを考えると何で普通にあーんしたのか謎である。
って、そんなことを考えている場合じゃない。
今、僕の口に辛いたこ焼きがいるかもしれないのだ。
――か、噛む……か。
「……うっ、美味いっ!」
「……おっ、美味しいです!」
「「え?」」
「どっちともセーフだったのか?」
「そ、そうみたいです。これはクレーム案件ですね。すぐに行ってきます」
「ちょ、橘って行ってしまったか……」
もう二人ともセーフでいいじゃん。
確かに入ってる詐欺はダメだ。
しかし、今回ばかりは許してもいいではないか。
や、やはりフラグは折れないのか。
数分後、橘がたこ焼き一個を持って戻って来た。
「お詫びに辛いたこ焼きをもらってきました」
何でそんなことしたんだ。
訳が分からん。
てか、それどうするんだよ。
ロシアンルーレットたこ焼き関係ないじゃん。
「それいるか? 辛いって分かってるんだろ?」
「はい。これは私が食べます」
「は?」
「実はどんな味なのか興味があったのです」
「そ、そういうことならどうぞ」
「いただきます!」
橘は嬉しそうな笑みを浮かべて一口で食べる。
でも、そんな笑顔も一瞬で消えるはずだ。
辛いとはそういうものなのだから。
「うっ、うんっ! 美味しいです!」
「えっ……」
「んー、あれ? また辛いやつじゃなかったのかな?」
まさかの橘は辛いの大丈夫人間。
絶対さっきのロシアンルーレットたこ焼きの時も辛いことに気付いてなかったじゃん。
詐欺っていたのはたこ焼き屋じゃなくて橘かよ。
そう苦笑しながら僕は橘にアイスを食べようと促すのであった。
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