35.「ロシアンルーレットたこ焼き【1】」
電車を出てから腕は解放された。
それと同時に「寂しいなら手を繋ぎますよ?」と言われたが、僕は「いや、止めておくよ」とそれには否定した。
すると、橘は少し寂しそうな表情を見せたが、恋人でもないのに手を繋ぐのはどうかと思い(先ほど腕を組んだのは強制的だった)、僕は手を差し出すことはなかった。
「制服で買い物なんて初めてですね」
「そうだな。そう言えば、僕たちの通う学校って寄り道していいのか?」
「楠君は中学生なのですか、ふふっ。良いに決まってるじゃないですか」
「そ、そうなんだな」
寄り道がダメなのは中学校までなのか?
少し中学時代の記憶を思い出してみたが、高校生が制服で街中を歩いていたような歩いていなかったような。
他人に興味がないからあんまり記憶にない。
「く、楠君!?」
「ど、どうした?」
「ズボンのチャックが――」
「えっ!?」
嘘、ズボンのチャック閉め忘れたっけ?
マジ、いつから……って!
「あ、開いてないじゃないか!」
「ふふっ、軽い冗談です」
「焦るからやめてくれ」
「ごめんなさい。少し気分が良かったのでつい!」
橘のやつ気分がいいのか。
確かにさっきからよく笑っているな。
全て僕関係のことで、だけど。
それにしても、橘が『つい』冗談を言うとは予想外だ。
しかも、『ズボンのチャック』とは更に予想外。
無駄にリアリティーのある冗談で普通に騙された。
よし、やり返すか。
「そうか。でも、橘もスカートがパンツに挟まってるぞ」
「はい、そうですね。これはわざわざです」
僕の嘘に対してそれはどういう返しだ。
しかも、柔らかな笑みで。
まるで、「嘘バレバレですよ」とでも言われているような。
非常に悔しい。
なぜか悔しい。
一番負けた感のある返しでとても悔しい。
「はぁ……」
「私を甘く見すぎです」
「みたいだな」
「はい。それよりも昼食にしましょうか」
時刻は午前十一時四十分。
「ああ、そうしようか」
そういうわけで、本屋の前に昼食を食べるためにフードコートへ。
今更だが、今来ている場所は前に来た大型ショッピングモール。
以前より人は少なく、それはフードコートも同じだった。
「何にしますか?」
「んー、迷うな」
前回来た時は橘の要望でクレープを食べたが、今回は特に要望などはなし。
というか逆に要望はあるかと聞かれている状況。
で、僕はとても迷っている。
なぜならフードコートには何十店舗も店があり、全て系統が違う料理だからだ。
ハンバーガーやフライドチキン、海鮮丼、ラーメン、ドーナツ、ビビンバなど。
本当に幅広く、種類が豊富。
それは恐らく有難いことなのだが、選ぶ側としては超悩む。
「かなり悩んでいるみたいですが、いっそのこと全部食べてみますか??」
「そ、それは胃袋が壊れる」
「まぁそうですね」
平然とした表情でこんなぶっ飛んだことを言うのだから相変わらず橘は恐ろしい。
悩んでいるからって全部食べるという発想にはならないだろ。
普通は「私が選びましょうか?」とかさ。
あ、そうか。
橘に選ばせればいいのか。
その手を完全に忘れていた。
「橘は何を食べるか決めたのか?」
「はい、ロシアンルーレットたこ焼きです」
「ロシアンルーレットたこ焼き?」
聞きなれない言葉に、否、食べ物にオウム返しする。
すると、橘は目を輝かせて説明を始めた。
「ロシアンルーレットたこ焼きはですね。六個入りのたこ焼きの中に一個だけ途轍もなく辛いたこ焼きが入っていて、それを引かずに食べる面白い食べ物です」
「なるほど。でも、それ一人でやって面白いのか?」
「一人ではやりません。楠君とやるのです!」
なんか勝手に僕も食べることになっているんだが。
僕、辛いの苦手なんだけどな。
「はぁ……」
「嫌でしたか?」
「いや、辛いの苦手なだけだ」
「そういうことならたこ焼きの後にアイスでも食べましょうか。それならお腹も膨れますし、楽しめますし、一石二鳥ですよ!」
何が一石二鳥なんだろうか。
僕的にはロシアンルーレットたこ焼きは恐怖だよ恐怖。
「では、早速買ってきますね」
それだけ言い残し、橘はそのロシアンルーレットたこ焼きを買いに行った。
僕は無料の水を四つほど用意し、空いていた席に腰を下ろす。
で、目を閉じて少しシミュレーション。
少し長い爪楊枝でたこ焼きを刺し口の中へ。
そしてゆっくりと噛む。
「からっ! みっ、水!?」
僕は一気に水を一つ飲み干す。
「はぁ、はぁ……」
シミュレーションだというのにもう辛い。
大切な水を一つ消費してしまった。
そう言えば、無料の水の横に氷があったな。
一応、カップ一杯分ぐらいは用意しとくか。
そう思い、すぐさま氷を取りに行くのであった。
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