26.「ソファーで二人」

 テレビに反射する自分を見ながらボーっとすること数分。


「着替えてきました」

「そっちの方が見ていて落ち着くよ」

「そうですか?」

「うん」


 だって、さっき絶対にバスローブの下に何も付けてなかったと思うし。

 見慣れているパジャマなら安心して橘のことを見ていられる。

 いや、待てよ。

 橘と以前一緒に寝た時、確かノーブラだったような……。

 全然安心できないじゃん!

 まぁでも、透けてるわけじゃないから大丈夫か……多分。

 何が大丈夫か知らんけど。


 それにしても、橘のパジャマは少し露出度が高い。

 上下モコモコの生地で上は長袖パーカー、下は太ももまで見える短パン。

 傷一つない脚はとても綺麗で、思わず目がいってしまう。


「はぁ……やっとゆっくりできます」

「僕、暇だから一人で家事するのが大変なら手伝うよ?」

「いえいえ、大丈夫です」


 橘は僕の言葉にふんわりとした笑みを向けてそう答える。


 やっぱり断るよな。

 そろそろ一つぐらい手伝わせてくれてもいいのに。

 お風呂掃除やトイレ掃除、ゴミの分別からのゴミ捨てとか。

 はぁ……もう諦めるか。

 何度も言う方がウザがられそうだしな。

 あっちが求めてくるまで待つ戦法に変えよう。


 橘は自然に僕の横に座り、足のマッサージを始める。

 と同時に口を開いた。


「新しい担任の先生は若い女性でしたね」

「だな。結構ラフな感じで驚いた」

「確かに今風でした。それに美人でスタイル良くておっぱいが大きかったですね」

「あ、ああ」


 僕は苦笑交じりにそう答える。

 美人でスタイル良くてまでは良かったんだよ。

 何で「おっぱいが大きかった」を付けたんだ。

 反応に困るだろ。


「でも、教師が谷間を見せるのはどうかと思いました」


 少し怒り気味でそんなことを言う橘。

 いや、怒るというよりかは嫉妬しているって感じか。

 橘と桜木先生の胸は盾状火山と溶岩ドームぐらいの差はあると思うしな。

 あ、盾状火山と溶岩ドームは火山の形ね。


「ブラウスがきつかったんじゃないか?」

「そんなのは理由になりません。楠君は谷間に過剰反応するのです。だから、谷間を見せるのはどんな理由があろうともダメなのです」

「いや、そんなことないから。本当にないから」


 僕は真面目な顔でそう否定する。

 念のために二回ほど否定する。

 六回ぐらいは必要だったか?


 ところで、僕って橘に谷間で過剰反応するとか思われていたのか。

 普通にショック。

 確かに女友達は橘以外にいなし、もちろん童貞だし。

 そう思われる要素が無きにしも非ずなのだが、それでもなんか同い年の女子にそう思われているのは悲しい。

 てか、思っていても口にはするなよ。


 ところで、何で僕限定なの?

 普通『楠君は』じゃなくて『男子』はじゃないの?

 本当にここ修正な修正。


「口ではそう言いながら、授業中ずっと見てたじゃないですか」

「授業中だからそら先生の方を見るだろ?」

「うっ……確かにそうですね」

「それに座りながら谷間が見えるほど僕は座高が高くない」


 まず座りながら谷間が見える人間などいない。

 もちろん例外はあるが。

 先生が前かがみになったりとか、先生の身長が140センチぐらいで座っている人が身長200センチとかな。

 恐らく後者はほとんどあり得ないけど。


 僕は黙り込んだ橘に追い打ちをかける。

 これは昨日の夕食で僕を笑ったお返しだ。


「それにしても、橘は授業中に黒板も見ないで僕のことを見てたんだな」

「そ、それは! それはですね……私、右目で黒板を見ながら左目で楠君を見てたのです」


 真顔、いや、無の表情でそんな嘘をつく橘。

 黒目が一定のスピード泳いでいるから分かりやすい。

 しかし、なんかこの橘可愛いな。

 必死なところが本当に可愛く見える。


「器用なんだな」

「はい、器用なのです」


 この子、この嘘と分かり切った嘘を貫き通す気だ。

 面白いし、今は信じているフリをしておこうっと。

 いつかまたネタにできそうだしな。


 そう思い、内心ニヤニヤしていると橘が僕が黙った隙に口を開く。


「あ、そう言えば、先ほど楠君は暇とか言ってましたね」


 話を変えられた。

 橘は自分に都合が悪い話だとすぐに話を変えてしまう。

 この数日でもう学んだ。

 友達と話していない割には会話術が上手い……いや、話の変え方が雑だからそんなこともないか。


「そう暇なんだよ。テレビを見るのもいいけど、そこまでテレビが好きってわけじゃないしな」

「ゲーム機でも買いますか?」

「んー、ゲームなんてしたことないからな」

「私もないのでゲームしたら悲惨なことになりそうですね」


 説明書を二人で必死に読みながら、時間だけが経つのが想像できる。

 暇より酷い時間になりそうだ。


「それじゃあ本とかどうですか?」

「教科書以外は読んだことがないな」


 漫画を買うお金など僕の家にはなかった。

 だから、僕が読む本は基本は教科書。

 個人的に好きな教科書は地図帳。

 なんかずっと見てられる。


「私、漫画読むんですけど結構面白いですよ」

「漫画か。僕も読んでみようかな?」


 橘が面白いと言うなら面白いのだろう。

 今まで眼中にもなかったが、興味が湧いてきた。


「それがいいと思います。近いうちに本屋へ買いに行きましょうか」

「わざわざ買いに行くのか? 僕は橘が持っている漫画でもいいぞ?」

「私が持っている漫画は少女漫画ばかりですよ?」


 少女漫画……そう言われてもどういう感じなのか分からない。

 でも、橘の言い方的に男子はあまり読まない感じなのかな?

 知らんけど。


「じゃあ本屋で買うまで待つよ」

「分かりました。いっぱい買ってあげますね!」

「ああ、楽しみにしておく」

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