27.「姉妹」

 楠と橘がソファーで会話している頃。

 ある姉妹はテーブルを挟んで夕食を食べていた。


「念願だった担任になったんだけどさ、アタシが受け持ったクラスが結構厄介なのよね~」


 姉――桜木巫女はそう口にして重々しいため息を吐く。

 表情もあまり良くなく、かなり疲れているようだ。


 巫女はお茶を一口。話を続ける。


「それに二日前までアタシは保健室の先生だったのよ。急に担任なんて荷が重いというか何と言うか……」

「そんなに気にしなくていいよぉ~。姉さんはやればできる子なんだし、わたし的にはある意味これはチャンスだと思うなぁ~」


 ふわふわとした口調でそう言う妹――桜木楓さくらぎかえで

 同時に味噌汁を飲み終え、「ごちそうさまぁ~」と一言。


「チャンスかもしれないけど、アタシのクラス状況知ってる?」

「クラスの半分ほどが停学中でぇ~、最近飛び降りが起きたクラスでしょ~」

「よ、よく知ってるわね。やっぱり話題になってるの、それ」

「いやいやぁ~、少し耳に入っただけだよぉ~」

「楓の耳に入ったということはアタシ的にかなり話題になっているということなんだけど」


 と、苦笑交じりに言い、またまた深いため息をつく。


「そうなのかなぁ? まぁでも、姉さんが担任になったからもう大丈夫でしょ~?」

「なに、そのプレッシャーは……」

「別にプレッシャーをかけたつもりはないよぉ~。ただ、ちゃんと飛び降りた子を虐めっ子から守ってあげてほしいなぁ~って」


 ――守ってほしい?


 急に楓がそんなことを言うもんだから巫女は首を傾げる。

 もちろん言葉の意味は分かっていたが、なぜ楓の口からそんな言葉が出たのか不思議で仕方なかったのだ。

 基本、楓は自分が一番。

 人の心配なんて家族以外ほとんどない、否、今までない。


「今度、何かあったらわたしも少し怒っちゃうぞぉ~!」


 ――楓が怒る?


 変わらない口調、柔らかな笑みでそう言う楓。

 だが、巫女はその言葉と態度に違和感を感じていた。

 同時に寒気が体中に走る。


「か、楓はその件についてどこまで知ってるの?」

「さぁーねぇ~。でもぉ~、姉さんを担任にしたのはわ・た・し!」


 それを耳にした巫女は思わず息を呑む。

 妹とは言え、巫女は楓のことが時々怖い。

 何を考えてるのか分からないのだ。


 ――しかし、何でアタシを担任に?


 そんなことが頭に過る中、巫女は無理矢理笑みを作り口を開く。


「……なるほど。流石、天才少女だね!」


 ――そしてこの高校の裏の権力者……。


 と、巫女は心の中で付け加える。

 それにはちゃんとした理由がある。


 巫女の妹――楓。

 彼女は中学時代にと言われ、世界中で話題となった少女。

 国、数、英、社、理の五教科は模試、定期テストともに常に満点。

 それは彼女にとって普通で日常。


 で、彼女が話題となったのはの解決。

 ミレニアム懸賞問題とは100万ドルの懸賞金がかけられた数学の未解決問題のこと。

 100万ドルは日本円で約1億円。

 彼女はその問題を中学時代に三問も解決させたのだ。

 世界の数学者は当然のこと、世界の有名な人たちは驚きを隠せなかった。


 そんな彼女には世界のあらゆる高校、大学、研究所、政府機関からオファーが殺到。

 しかし、彼女が選んだのは家から一番近くにあった今の高校だった。

 もちろん無条件で通うわけもなく、学費免除は当たり前。出席自由、校則違反なしなど。

 恐らく校長よりも権力は上。

 今この高校は彼女が顔であり、彼女を売りに新入生を呼び込んでいる。

 だから、彼女――楓がいてくれるならこの高校は何でもする。

 実際、楓の命令を聞いて姉である巫女を担任にした。


「天才少女? そんなのあったねぇ~! 懐かしい~」


 巫女は楓の言葉の後、すぐに味噌汁を飲み、食事を終える。

 そして立ち上がり、テーブルの皿をキッチンへ。


 一方、楓はスマホを片手に少しニヤニヤしている。

 基本、家事は巫女の仕事。

 親は楓の懸賞金で世界一周の旅行中。


「そう言えば、楓って最近学校に来てるよね?」

「あぁ~、うん。二年生の時から週に三回ぐらいは行ってたけど、今年からは毎日登校してるよぉ~」

「一年の時はずっと家にいたのに驚きだわ」

「そう? 最後ぐらい青春というものを楽しもうかなぁーって」

「結構今更感はあるけどいいんじゃない?」

「でも、友達できないんだよねぇ~」


 ――そらそうだろうなぁ~。


 と、呆れながら心の中で呟く巫女。


「じゃあさ、最近の夜遊びは誰と?」

「夜遊びとか言わないでよぉ~、姉さん。ただの散歩だよ散歩!」

「運動とはこれまた珍しい。けど、気を付けなよ。楓はなかなかイイ体してるからね!」

「姉さんに言われてもなぁ~。わたしは少しぽっちゃりだし~」


 そう言いながら、自分のお腹の肉を摘まみ、親指と人差し指でぷにぷにする楓。

 天才少女とは言え、年頃の少女。

 少し気にしているのか分かりやすく表情が暗くなる。

 それを察した巫女がフォローの言葉を入れる。


「ぽっちゃりが好きな人もいるのよ?」

「なにそれ~、嫌味かなぁ?」

「違う違う。本当にいるわよ! まぁとにかく散歩は時間を考えなよ」

「もう止めたから大丈夫~」

「いや、はやっ!」


 そんなツッコミを入れながら、巫女は洗い物を始めるのであった。

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