29.「乙女の秘密」

 橘が自室に走っていってから数時間後。

 全然部屋から出てこないので、昼に作った焼き飯を持って橘の部屋へ。


 ――トントンッ!


 軽く二回ノックする。

 だが、反応はない。

 寝ているのか?

 それとも倒れてる?


「……んっ!」


 と思っていると部屋の中からそんな声が聞こえてきた。

 何か痛がる声?

 さっき心臓を抑えていたということは心臓が痛いのか?

 もしかして何かの病気なのか?


 僕は「入るぞ」と一言だけ言い、心配になり急いで中へ。

 部屋を軽く見渡すが橘の姿はない。


「どこに行ったんだよ」


 思わずそんな言葉が漏れる。

 が、ベッドの上の布団が動いているのを確認。

 布団に包まっていたようだ。


「橘、大丈夫か? しんどいのか?」

「い、いいい、いえ。そんなことないです」


 かなり動揺した反応。


「なら布団から出て来てくれ」

「は、はい」


 そう言うと素直に返事し、布団から可愛く顔を出す。

 で、そのままゆっくりと体も出してベッドに座った。


 それにしても、やけに服が乱れている気がするけど気のせいか。

 額に汗もかいてるし、顔も赤い。

 熱でもあるのだろうか?


「これ昼ご飯な」

「えっ、楠君が作ってくれたのですか?」

「ああ、もうとっくに昼過ぎてるからな」


 時刻は午後一時だ。


「ありがとうございます。では、いただきます」

「口に合えばいいけど」


 橘はお腹が空いていたのかすぐに食べ始める。

 すると、瞳を輝かせ「美味しいです」と嬉しそうに笑みを浮かべた。

 僕はその表情を見て嬉しくなり、けど喜ぶのは恥ずかしいと思い、頬をかきながら「なら良かった」とだけ言う。


 数分後、橘は綺麗に食べ終え、最後にお茶を一口。


「美味しかったです」

「何度も聞いたぞ」

「何度も言うのです、ふふっ」


 本当に嬉しそうな笑みを浮かべる橘。

 純粋な笑みを向かられ、目が合わせられず逸らす。


 これで僕にも料理させてくれればいいけど。

 まぁ今回は特別とか言われそうだ。


「では、私はこのお皿を洗って――」

「ちょっと待って」


 僕は橘の言葉を遮り、部屋を出ようとする橘の腕を掴む。

 その行動に橘は驚いたのか目を丸くしていた。


「あ、あの……何でしょうか?」

「いや、さっきどうしたのかなーって」

「どうしたとは?」

「心臓を抑えて、何時間も部屋から出ないで。それになんか痛がるような声を出してたし」

「そ、それは忘れてください……」


 顔を真っ赤にして弱々しくそう言う橘。

 下を向いて目すら合わそうとしない。


「何か重い病気なのか?」

「いえ、違います。心配させてしまいすみませんでした」

「病気じゃないならいいけど、ならさっきは何を――」

「そっ! それ以上は乙女の秘密です! むぅ!」


 橘はパッと顔をあげ、僕に掴まれていない右手の人差し指を僕の唇に当ててそう言い、少し頬を膨らませる。

 お、怒らせたのだろうか?

 心配だから何度も聞いてみたけど、しつこかったかな?


 僕は橘を掴んで手を離し、その手で唇を抑える橘の指をどけて口を開く。


「わ、分かった。もう聞かないから」

「それでいいのです! 私はお皿を洗ってきますので」


 それだけ言い残し、自室から出て行ってしまった。


「はぁ……僕も部屋に戻るか」

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