24.「園芸部?」
最高に美味い橘のお弁当を食べた終わり、僕は満足感と満腹感で幸せに浸っていた。
それにしても、橘のやつ一体どうしたのだろうか?
ずっと無言だ。
いつもなら食事中も話しかけてくるのに。
もしかして、僕がお弁当に夢中になって無視していたとか?
いやいや、それはない。
だって、食べ終わった今も無言だからな。
「なぁ橘、元気ないのか?」
「そ、そんなことはありませんよ」
「ならいいが、珍しく静かだと思ってな」
「私っていつも騒がしいですか?」
「そんなことはないけど、いつも適度に喋ってくるじゃん?」
「適度ですか。私自身あまり喋らない方ですよ?」
「それは僕以外には、だろ?」
「うっ、バレましたか」
苦笑交じりにそう言う橘。
そう、橘は元々は口数が少ない。
もちろん学級委員長の仕事中や授業中の発表などの必要な時にはしっかり喋る。
声も小さくなく、皆に聞こえる声で。
まぁそれを知っているから僕といる時の橘はよく喋るとは思う。
でも、先ほども言ったが、適度に喋っている。
ウザいとか思わない程度。
いや、毎回休憩時間に話してくれるのはどうかとは思うが。
けど、本当に適度じゃないのはそれぐらいだ。
「で、何で静かだったんだ?」
「それは内緒というか秘密というか……」
目を逸らしてまた頬を赤らめたので、僕は「まぁいいよ」と一言。
続けて話を変えるために口を開く。
「てかさ、何で屋上の鍵を持っていたんだ?」
「それは私の鍵だからに決まってるじゃないですか」
何で平然とそんな変なことが言えるのかな。
屋上の鍵はこの学校の生徒や教師の鍵。
間違っても橘一人の鍵ではない。
「パクったのか?」
「人聞きの悪いこと言わないでください。本当に私の鍵です」
「いやでもさ、屋上の鍵じゃん?」
「そうですね」
そこは肯定するのね。
絶対に「私の鍵です」と否定すると思ったわ。
で、混乱したんだが。
どうしよう。
意味が分からない状態なので、誰かに説明してほしい。
僕が困った表情で黙っていると橘が口を開く。
「実は私、園芸部だったんですよ」
「えっ?」
急な話に僕は目を丸くして橘を見つめる。
そんな話は聞いたことがない。
まずいつの話だ。
「と言っても、去年の4月に入部してから一ヶ月で辞めましたけどね」
「それって……」
「はい、あのクラスの虐めが原因で」
そのまま橘は話を続ける。
「園芸部には興味本位で入部したんです。そんな私を園芸部の人たちは優しく接してくれました。先輩しかいなかったので、友達というよりかはただの部活仲間みたいな関係でしたが、楽しかったですよ」
橘は一息入れ「けど」と言い、言葉を紡ぐ。
「私が虐められるようになり、園芸部に被害が出ました。運良く先輩たちが育てていたものではなかったので良かったのですが、興味本位で入部した私が本気で野菜を育てている先輩の邪魔をすることだけは嫌だと思い退部を決意しました」
「そんなことがあったんだな」
「はい、なんか暗い話になってしまいすみません」
校長室で見せた目が笑ってない笑顔を僕に向ける橘。
でも、それは校長室の時とは少し違い、目が悲しんでいた。
――僕がもっと早く救っていれば……。
そんなことが脳裏に過る。
気付いていたのにすぐに助けなかった僕を恨みたい。
すぐに動いていれば、橘は今頃先輩と楽しく部活をしていたはずなのにな。
「ごめんな」
「何で謝るのですか。別に楠君が悪いわけじゃないです。それにあの時、退部したから今こうして楠君と一緒にいられているのです。後悔はしていません」
僕の手を握り、柔らかな笑みを浮かべる橘。
その笑顔は何もかもが浄化されるような癒しの表情。
目の前に天使が舞い降りたようだ。
心が楽になる。
手も温かい。ホッとする。
「そう思ってくれてるなら良かったよ」
「はい!」
元気な返事と同時に握る手の力が強くなる。
離してくれる気はなさそうだ。
何となくそんな気がする。
チャイムがなるまでこのままかな。
「で、鍵は園芸部の時にパクったっと?」
「だから、違いますよ」
「じゃあ何で持っているんだ?」
「園芸部時代に鍵の型を取って、鍵屋に頼んで作ってもらったのです!」
いや、そんな笑顔で言うことじゃないから。
さっきの良い感じの話が一気に吹っ飛んだわ。
何で勝手に自分の屋上の鍵を作ったんだよ。
おかしいだろ。
「何のために?」
「鍵を取りに行くの面倒だったので」
「理由はそれだけ?」
「はい。そうですが何か変でしたか?」
「あ、えっと……」
何て答えればいいんだ。
かなり変だと正直に言うべきか。
正直もう呆れてるからな。
橘が笑顔でいてくれるなら変でも何でも良い気がする。
「やっぱり変でしたか?」
「そ、そんなことないよ」
僕は苦笑交じりにそう否定する。
すると、橘の表情がパッと明るくなった。
「ですよね! 実は……学校の全教室の鍵も作ったんですよ!」
「あぁ……」
橘のポケットから出て来たジャラジャラと音が鳴る鍵ケースを見て僕は言葉を失った。
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