23.「屋上で昼食」

「楠君、一緒に昼食を食べませんか?」

「あー、うん。食べる」


 午前の授業が終わり、昼休みに入った。

 同時に橘がそう言ってきたのだが、もちろん断る理由もないので了承する。

 というか、まず僕はお弁当もなければお金もない。

 だから、一緒に食べる=橘から昼食をもらうしかないのだ。


 ところで、周りからの視線が凄いな。

 恐らく僕と橘が急に距離を縮め、よく話すようになったからだと思う。

 橘の奴、休み時間の度に話しかけてくるし。

 移動教室も常に一緒に移動。

 そら周りから興味を持たれ、驚かれるのも仕方がない。


「ば、場所を変えましょうか」

「ああ、それが良さそうだ」


 橘もその視線には居心地が悪かったのだろう。

 鞄を持ち、すぐに移動を始める。

 僕はそんな橘の背中を追う。

 廊下に出ると同時に僕は橘の横へ。


「で、どこに移動するんだ?」

「屋上です」

「お、屋上? この学校って屋上は基本入れないんじゃ――」

「いえ、大丈夫です」


 本当に大丈夫か?

 まず何が大丈夫なのか分からない。

 屋上の扉には鍵がかかっていると思うし。

 まさかタックルか蹴飛ばして開ける気か?

 た、橘ならやり兼ねない……。


 そんな嫌な想像をしながら、三年生のフロアから屋上へ。

 予想通り屋上の扉は閉まっていた。

 ドアノブを捻って試してみたので間違いない。


「やっぱり入れないぞ。鍵かかってるし」

「そら鍵がかかっていれば入れません」


 うん、だからそう言ったよな、僕。

 何当たり前のことを言っているんだ?


 そう不思議に思っていると、橘はブレザーのポケットから銀色の鍵を取り出す。

 で、そのまま銀色の鍵を扉の鍵穴に入れた。


 ――ガチャ!


 音が聞こえると同時に橘は扉をゆっくりと開ける。


「少し段差があるので気を付けてくださいね!」


 転びそうなほどの段差だ。

 言われてなかったら転んでいたところだったな。


 って、ちょ……ちょっと待てっ!

 橘の奴、普通に屋上の扉を開けたけど普通じゃないから!

 色々とツッコませろ!

 自然に流すところじゃない!


「ちょ、ちょっと待てよ。何で橘が屋上の鍵を持ってるんだ」

「そんな変なことですか?」

「変だ!」

「はぁ……? そうでしょうか?」


 何で持っていて当たり前みたいな表情してるんだ。

 どう考えても変だろ?

 あ、分かったぞ!

 昼食を2人きりで食べるためにわざわざ借りて来たんだな。

 橘なら色々と顔が利くしあり得る。

 そう今は納得しておこう。


「それより早く昼食を食べませんか?」

「あ、ああ、そうだな」


 僕は初めて屋上に足を踏み入れ、橘に屋上を案内される。

 初めての屋上に少しワクワクしながらキョロキョロと周りを眺める。

 景色良し、温かな風良し、静かさ良し。

 これは学校の穴場の中でも一二を争いそうだ。

 屋上を軽く見る限り園芸部と思われる花壇とベンチが数脚ある。

 僕たちはそのベンチの中の一脚に腰を下ろした。


「良い場所だな」

「はい、私のお気に入りの場所です」


 にこやかに笑いながら、橘は昼食の準備を始める。

 鞄から出て来たのは一段の弁当箱と二段の弁当箱。

 橘は二段の方を僕に渡す。


「いいのか?」

「もちろんです。昨日は購買のパンですみませんでした。基本は毎日お弁当を作る予定です」

「そこまでしてくれなくても、僕は購買のパンでもいいぞ?」

「いえ、これは私がしたいのです」


 そう言い切られ、僕はそれ以上何も言うことはなかった。

 それにしても、人のお弁当なんていつ振りだろうか。

 ずっと僕自身が作っていたからな。


 少し嬉しく思いながら僕はお弁当を開ける。

 一段目には真っ白なご飯。

 二段目にはサラダやおかず。

 見た感じ冷凍食品ではない。

 僕はずっと冷凍食品でお弁当を作っていたので分かる。

 昨日の晩飯の残りでもないし、このおかずを朝から作ったのか。

 しかも、かなりのクオリティ。

 唐揚げに卵焼き、焼き鮭、マカロニサラダ、タコさんウインナー。

 なんかタコさんウインナーって懐かしいな。

 母が小学校の遠足のお弁当に入れてくれていたことを思い出す。


「あまり豪華ではないですが、食べれそうですか?」

「食べれるに決まってるだろ。てか、豪華だしな!」


 僕は橘の瞳を見てそう言う。

 すると、橘の表情が柔らかく緩み口を開けた。


「そんなに嬉しそうに笑うんですね」

「えっ、あ……」


 つい笑みがこぼれしまったようだ。

 なんか橘と絡みだしてから笑顔が出てしまうようになったな。

 別に悪いことじゃないけど、なんか恥ずかしい。


 僕は橘から目を逸らし「いただきます」と呟き食べ始める。


「う、美味い!」

「それは良かったです! いやぁ~、今日はずっとお弁当が楠君のお口に合うか緊張していたのですよ」

「そ、そうなのか? 僕は橘の料理なら何でも食べれるぞ? こんなに美味いんだ、口に合わないわけがないしな!」

「……」


 卵焼きを箸で掴みながらそう言うと橘は無言で固まる。

 そして僕から視線を逸らし、なぜか頬を赤く染めた。


「どうかしたか?」

「あ、いえ。何もないです」


 何もないならいいが、なんか変な橘だな。


「……不意打ちはダメですよ……」

「ん? なんか言ったか?」

「た、たたた、ただの独り言なので気にしないでください」

「そ、そうか。しかし、この卵焼き美味いなぁ~!」


 その後の昼食は何故か僕が一人で「美味い」と連発するだけの時間となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る