21.「外食【2】」

 橘の指導の中、僕たちはコース料理を食べ進めていた。

 僕は慣れないフォークとナイフに苦戦しつつ、橘とマスターに美味しそうな表情を振る舞いながら適当な感想を言う。

 やはり未知な味だけあって、不味い料理、否、口に合わない料理もあるのだが、如何せん場的に嫌な顔はできない。

 ここは橘がよく通っている店。

 本音を言って橘に迷惑はかけたくないからな。


「ふぅ~、残すところも後はデザートとコーヒーですね」

「もう残り二皿か。美味しかったからか時間の進みが早く感じるよ」


 正直、コース料理は長かった。

 何しろ自分のペースで食べれないからな。

 目の前にある料理を食べても次の皿を待たなければならない。

 恐らくお金持ちはそれが良い間なんだと思うが、僕みたいな庶民からすれば、その間がとても難しい時間だった。


「お口に合ったようで何よりです」


 僕の言葉を聞いて嬉しそうにこちらに向けるのは純粋な笑み。

 うん、嘘ついてごめんなさい。

 でも、これがこの場で最適な言葉だったから許してくれ。

 罪悪感を覚えるが、優しい嘘と言い聞かせ、僕の中の罪悪感を抑える。


 それよりもやっとコース料理も終盤のようだ。

 最初の方は一皿一皿の量が少ないからお腹いっぱいになるか不安だったが、案外お腹いっぱいになっていた。

 本当にコース料理とは上手いこと計算されている。


「デザートのパンナコッタでございます」


 マスターがそう言い、僕たちの目の前にデザートを置く。


 ――パンナコッタ?


 ずっと思ってたけど、コース料理の名前が全て知らないんだけど。

 何か呪文か何かなの?

 それとも魔法の言葉?

 一体、何語だろうか?


「マスター、イチゴ多めにしてくれたのですか?」

「あ、はい。今日は楠様がいらっしゃったので」

「僕がいたから?」

「そうでございます。楠様はイチゴが大の好物と聞いておりましたので」

「あ、そういうことでしたか」


 何で僕の好物を知っているんだ、このマスターは。

 まず橘にすら言ったことがないぞ。

 イチゴが好物というのは僕と母しか知らないはずだが。

 どこから漏れたのだろうか?

 普通に怖い……。


「楠君が前にショッピングモールで、イチゴのケーキをジーっと見ていたので頼んでおいたのです」

「それだけでよく分かったな。僕がイチゴが好きだって」

「はい、あまり見ないお顔だったので」


 橘はそう言うと思い出したのか「ふふっ」と笑みを浮かべる。

 僕はどんな顔をしていたのだろうか?

 一目で僕がイチゴ好きとバレるレベルだ。

 相当酷い顔をしてたに違いない。


 ――は、恥ずかしい……。


 僕は体温の上昇を感じながら、スプーンでパンダブッダ……ん?

 いや、違う。

 アンナコッタ?

 パンナゴンタ?

 なんか違うな。

 もういいか。

 とにかく食べる。


「ん、美味い」


 これは本音だ。

 つるりとした口当たりの良い生クリームと酸味の効いたイチゴが相性抜群。

 見た目はプリンによく似てるが味は全く違う。

 初体験の味なのだが、不思議と懐かしさも覚える味。

 これはクセになりそうだ。


「良い顔しますね」

「えっ、良い顔?」

「緩々ですよ? ふふっ」


 そう言われ、先ほど引いたばかりの熱が一気に体を襲う。

 超……恥ずかしい。

 目の前で橘が微笑ましくしているのが耐えられない。

 何だ、その子供を見るような瞳は!

 や、止めてくれ!


 その後、僕は下を向きながら橘のにこやかな視線を感じつつ、無言でコース料理を食べ切った。

 支払いの方はもちろん橘がしてくれるので、僕は先に外へ。


 数分後、橘が少し頬を赤らめて店から出て来た。

 一体、何で頬が赤いのだろうか?


「橘、顔が赤いが体調でも悪いのか?」

「あ、いえ。大丈夫ですよ」


 少し動揺しながらそう言う橘。

 特にしんどそうでもないので僕は「ならいいが」と言う。


「ところで、外食はどうでしたか?」

「まぁ色々大変だったかな? マナーが多くて……」


 僕は苦笑交じりにそう口にする。

 本当に何度橘に笑われたことか。

 全く、僕がミスをしてから教えるから橘も酷い。

 先に教えてほしいものだ。


「まぁ最初ですからね。でも、今日覚えたと思うので次来た時は問題ないと思いますよ」

「忘れないように頑張るよ」

「はい」


 柔らかな笑みでそう言い、橘は道を通るタクシーを捕まえる。

 そして僕たちは我が家に帰るのであった。


 ――パスタの上のキャビア……苦手だったなぁ~。

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