20.「外食【1】」

 橘が校長を脅した……否、条件を提示した晩。

 僕たちは初めての外食に来ていた。

 理由は橘が珍しく「今日は作りたくない」と言ったからだ。

 僕も料理は出来るので「作ろうか?」と言ったのだが、「飛び降りた人に包丁はまだ早いです」とハッキリと言われた。

 一体、僕が包丁で何をすると思っているのだろうか……。


 まぁ確かに飛び降りたけど、アレは意図的であって無自覚にやったわけではない。

 いや、そっちの方がダメなのか?

 まぁとにかくそういうことで外食しているのだが、店の内装がとてもオシャレな場所に連れて来れられていた。

 周りの客は皆高級そうな服装に身を包み、今からプロポーズでもするのではないかという雰囲気がある。

 なんか場違い感が凄い。


「この店って僕たちが来てもいい場所なのか?」

「もちろんです。ねぇ、マスター」

「はい、橘様。いつもお世話になっております」


 なんか僕たち専属の使用人みたいな人がいるんだが。

 しかも、橘の奴、超仲良さそうだし。

 てか、絶対に橘はここの常連客だよな?


「失礼ですが、そちらの男性の方はどなたですか?」

「私の友達です。養ってます」


 な、何だ、その自己紹介は!?

 後半の「養ってます」は絶対にいらないし、付けてはならない。

 これでは僕がダメな人間で、橘がダメな人間を好むタイプだと勘違いされてしまう。

 どうにかして誤解を解かなければ!


「ただの友人です。楠と言います」

「楠様ですね。橘様からいつもお話は伺っております」

「は、はぁ……? お話を伺っているとは?」

「はい、橘様が来店時にいつも、楠様がとても――」

「まっ、マスター!」


 マスターの言葉を遮り、少し強めにそう言う橘。

 同時に頬を膨らませながらマスターを睨む。

 それにはマスターも苦笑交じりで「申し訳ございません」と頭を下げた。


「それよりもいつもコース料理をお願いします」

「かしこまりました」


 橘の言葉を聞くとすぐさまマスターは丁寧に頭を下げて、その場から立ち去っていった。

 その背中を見届けてから僕は口を開く。


「マスターという人と仲がいいんだな」

「少し話す程度ですよ。マスターとは小学生時代からの付き合いなので」

「な、なるほどな」


 小学生の時からこんな店に来てたのか。

 僕が小学生だった時は外食と言えば、ラーメン屋ぐらいだったぞ。

 他は誕生日に回転寿司屋に行くぐらい。

 次元が違いすぎて笑えてくるな。


 ところで、コース料理ってどんな感じだろう?

 そこらへんの知識は全くない。

 マナーとかも大丈夫だろうか?

 一応、橘には服装だけは選んでもらったが、他のことは一切教えてもらっていない。

 周りから変な目で見られなければいいが。


「楠君、緊張していますか?」

「え、ああ、まぁちょっとな」

「別に大丈夫ですよ。ここは顔も利きますし、ある程度のミスは大目に見てもらえます」


 子供を見るような瞳でそう言ってくる橘。

 恐らく安心させようとしてくれていのだろう。

 こちらとしては非常にそういう気遣いは有難いが、僕がミスする前提なのね。

 そう思われていることに悔しく思いながらも、実際ミスする気しかないので言い返せない。


 僕は心の中でため息をつき、テーブルの上にあった白の少し分厚い紙で汗を拭く。

 すると、その瞬間、橘が「ふふっ」とおかしそうに笑った。

 何か僕がおかしいことをしたのだろうか?

 僕はこの紙で汗を拭いただけ。

 おしぼりがなかったから仕方なくだ。


 橘が笑っている理由が分からないので、一応理由を聞いてみる。


「ど、どうかしたか?」

「あ、いえ、その……ですね。その紙はナプキンと言いまして、このように二つ折りにして膝の上にかけるものなのです」

「そ、そうなのか」


 何だ、それは……。

 一体、何のために膝の上にかけるのだ。

 全く、利用する価値が分からない。

 正直、紙の無駄遣いでは?

 と思ったが、これも一種のマナーだと思うので、橘を真似てナプキンを膝の上にかけてみる。

 すると、橘が指で円を作り「バッチリです」と笑みを浮かべた。


「ふふっ、楠君はこういう場所には慣れていないのですね」

「まぁ縁もゆかりもない場所だったからな」


 まずこんな場所はドラマのプロポーズシーンでしか見たことがない。

 僕の中では夢のような世界。

 その夢の世界に今僕がいると思うとゾッとする。


「なら私がしっかり教えないとですね」

「ああ、頼むよ」

「では早速」


 橘は「ゴホン」と咳払いをして言葉を続ける。


「絶対に手ではなく、フォークとナイフで食べてくださいね!」

「僕、そんなに常識無い人に見える?」

「はい、見えますね!」


 満面の笑みで肯定しないでよ~!

 普通に僕も傷付くよ?

 橘の中で僕はサルなのかな?

 まぁ頑張ってチンパンジーにグレードアップしますね。


 そんなことを考えながら、橘の笑みに苦笑いを返す僕であった。

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