19.「校長室」
早退をした次の日。
僕たちは昨日同様に一緒に登校。
学校に到着し、下駄箱で上靴に履き替える。
そこまで昨日と一緒。
だが、ここからが違った。
昇降口の近くで待ち伏せしていた男性担任の
「悪いね、こんな朝早くから」
「いえ、別に構いませんが私たちに何の用でしょうか?」
流石、学級委員長も務める優等生だ。
校長相手だというのに一切動揺していない。
それどころか対等に話している。
まるで、会社同士の取引を見ているようだ。
「単刀直入に言うとね、昨日の飛び降り事件のことなんだ」
僕の飛び降りは事件と言われるまで有名になっていたらしい。
で、そのことについて呼び出されたみたいだ。
しかし、学校のトップである校長が呼び出すとは驚きである。
学年主任、教頭先生ならまだしも校長に呼び出されたということはかなり話題になっているに違いない。
学校側も真剣な対応を考えているとみていいだろう。
「はい、それがどうかしましたか?」
「一応、君たちの担任から話は聞かせてもらったよ。でも、飛び降りまでの経緯がまだ分かっていない。もしよければ、君たちから直接話を聞きたいと思ってね」
なるほど。
あの飛び降りはまだホームルームが始まる前。
担任が来る前だった。
虐めっ子たちが担任に経緯を説明しているとは思えない。
ということは、校長は僕が飛び降りたということしか把握していないのだろう。
「詳しい説明は私がします」
「飛び降りたのは横の楠君じゃないのかね?」
「そうですが、詳しい話は学級委員長である私がさせてもらいます」
「は、はぁ、そうかい。じゃあお願いするよ」
そう押し切り一度呼吸を整える橘。
校長相手に何と言う強引さ。
担任も校長も少し、いや、かなり引いていたぞ。
僕もこれには引いた。
それよりも橘の奴、なんか僕の弁護士みたいになっているな。
こちらとしては楽で有難いが。
「まず昨日の飛び降りの経緯ですが、アレはクラスの虐めっ子が楠君に対して強要したものです。
私は昨日の朝は職員室によってから教室に来たので、この目で全てを見ていたわけではありません。ですが、私が教室に来た時には虐めっ子が煽るような言葉を吐き、楠君に対して飛ぶように言ってました」
その言葉に続き、虐めっ子の名を次々と上げていく橘。
平然とした表情で淡々と口を動かす橘を見て、目の前にいた担任と校長は目を丸くし、加えて信じられないという感じで口に手を当てている。
恐らく橘の平然さも驚きだろうが、出てくる虐めっ子の名前の方が衝撃的だったのだろう。
僕は虐めっ子の名前は全くと言って知らないが、虐めっ子の中に部活動で好成績を収めている生徒もいると聞いたことがあるからな。
「た、橘さん、経緯は分かりました。では、学校としましては早急に対応を――」
「まだ話は終わっていません」
「「へ?」」
橘は校長の言葉を遮り、ハッキリそう言う。
それには目の前の二人も変な声が出てしまっていた。
「私は高校一年生の時から担任に対して、楠君の虐めについて話をしていました。しかし、いつまで経っても対応をしてくれず、こういうことが起こりました。
昨日の朝も楠君が登校するということで、これから警戒するように言いましたが、プリント片手に適当に話を流されました」
僕は橘の言葉に驚きを隠せなかった。
なぜなら、まさかそんなことをしていたなんて僕は知らなかったのだから。
今の今まで一年間救ってくれなかったと思っていたが、密かに僕を救おうと努力していたとは衝撃的である。
今は以前、橘に言った言葉が蘇り、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
全く、言ってくれれば良かったのに……橘のやつカッコつけやがって。
驚きを隠せなかったのは僕だけではないようで校長と担任も同じ。
校長は姿勢を正し、難しい表情で視線を担任に向ける。
担任の方は顔面蒼白。今にも死にそうだ。
「く、榎本先生!? 今の話は……本当ですか?」
「……」
校長の問いに担任は瞬きすることなく、目を泳がせて息を呑むだけ。
だが、校長はその姿で全てを理解したのか頭を抱えた。
そして重々しいため息をつき、校長は担任に「話は後で聞かせてもらう」と言い、視線をこちらに向ける。
と、同時に机に手を付け、頭を机に練り込むほど下げた。
「本当に、本当に申し訳なかった。楠君、そして橘さん。これは私――校長の教師管理能力のせいだ。今まで救ってあげられなくて本当に悪かった」
見たことのない校長の姿に僕は困惑する。
しかし、隣に座る橘は冷たい目でその姿を見降ろしていた。
それから数秒後「ふぅー」と息を吐き、橘は口を開く。
「頭をあげてください」
校長は歪んだ表情で顔をあげる。
それに対し、橘は笑顔(目は笑ってない)で話を続ける。
「今回の件、学校側は表には出したくないはずですね?」
「……」
「反応なしということはイエスと捉えます」
「なっ……」
「そう焦らないでください。公表するつもりはありません。ですが、それは条件付きです」
校長はゆっくりと息を呑み「条件付きとは何かね?」と怯えるように聞き返す。
橘は完全にこの空間の支配者だ。
言葉巧み使い、いつの間にか教師と生徒という立場を逆転させてしまった。
ところで僕は一体何を見せられているのだろうか?
橘は校長の言葉に「ゴホン」と一度咳払いし、条件を口にする。
「楠君の欠席の全取り消し及び担任の退職、虐めっ子の一ヶ月の停学処分です」
「さ、流石にそれは……」
「無理とおっしゃるなら、もちろんこちらとしてはそれ相応の対応を取らしていただきます」
「お、脅しているのか?」
「いえ、これは交渉です。判断は校長に委ねますよ」
それだけ言うと、また先ほどと同じ笑顔を校長に向ける。
一方、校長はかなり苦しい表情をしている。
相当難しい判断を迫られているのだろう。
ところで、橘って本当に同じ高校生か?
学校側の弱み漬け込み、了承できるギリギリの条件を要望。
さっきはまるで弁護士と言ったが、もう弁護士と言ってもいいぐらいだ。
それかこれが噂で聞くモンスターペアレントと言うやつか?
いや、橘は親じゃなくて友達だからモンスターフレンドになるな。
って、モンスターフレンドという名のインパクトの強さよ。
もしかして、誕生させてはならないものを僕は誕生させてしまったのか?
それより先ほど話をしていた橘は怖かった。
あの笑顔は何なの? 圧力半端ないよ?
校長の寿命が十年は縮んだよ!
そんなことを考えていると、黙り込んでいた校長が重い口を開けた。
「分かった。その条件を呑む。だから、このことは黙っておいてくれ」
「はい。交渉成立ですね。それでは私たちはこれで失礼します」
「ああ」
校長はもうそれ以上口を開くことはなかった。
僕はそんな校長を横目に橘に連れられ、教室に戻るのであった。
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