16.「保健室」

 橘に手を引かれること数分、保健室に到着。

 ノックをしてから扉を開け、中へ入る。


「あら、どうしたの?」

「私の横にいる楠君が三階から落ちました」

「へぇ!?」


 保健室の先生は声を裏返しながら飛び出るぐらい目を開き驚いている。

 こういう反応になるのも当然だ。

 三階から落ちたなどと聞かされて驚かない人などいない。


 それよりも橘の言い方が悪い。

 ちゃんと説明すべきだ。

 これでは本当に僕が三階から落ちたみたいじゃないか。

 いや、落ちたのか。

 落ちたけど助けられたのだ。


 保健室の先生は僕に近付き、ジーっと観察する。

 少し恥ずかしい。


「あの、何か?」

「あ、いえ、三階から落ちたのに怪我がないと思ってね」

「それは見知らぬ人に受け止めてもらったので」

「そう……じゃなくて、えぇ? な、なんか色々凄いこと起きたみたいね」

「はい、そうみたいです」


 僕は苦笑しながらそう言う。

 保健室の先生はもう何が何だか分からないといった感じだ。

 まぁそれは僕も同じなのだが。


「それで怪我がないのに、何で保健室に?」


 僕はただ橘に連れて来られただけなので、その理由はこっちが聞きたいぐらいだ。

 そう思って黙っていると、保健室の先生の質問に橘が答えた。


「今日は帰らせてもらおうと思いまして」

「帰る?」


 保健室の先生は不思議そうに首を傾げる。


「はい。楠君の精神状態はよくありません。なので、帰らせていただきたいのです」

「なるほど。確かに三階から落ちて、こんな平然としているのはおかしいわね」


 あ、精神状態がよくないと感じた理由そこなのね。

 まぁ現場を目撃してない人からすれば、そう思うのも仕方ないか。

 むしろ、その意見が普通かもな。


「そうなのです。で、私も学級委員長として楠君と帰らせてもらいます」

「は、はい? 先生が楠君を家まで送るわよ?」

「その必要はありません。私が楠君を命に代えても無事に家まで送ります」


 超絶重いんだが。

 何だよ、「命に代えても」ってSPか!

 まぁ家の鍵は橘が持っているから、実際僕は一人では帰れないんだがな。


「いやでも、あなたは何も問題はないのでしょ?」

「いえ、目の前で楠君が落ちる姿を見ていたので、精神状態が安定していません」


 こんなにハキハキと喋ってよくその言葉を言えたな。

 安定感抜群じゃねぇーか。

 精神状態が安定してなかったら、今頃奇声をあげていると思うぞ。


 橘のそんな言葉に保健室の先生は少し悩んだ結果、ゆっくと口を開く。


「んー、仕方ないわね。二人とも、この紙にクラスと名前、早退理由を書いておいて。先生は二人の鞄を取って、担任に報告しておくから。それまでは帰らないでね」

「分かりました」


 橘がそう返事をすると、すぐに先生は保健室を後にした。

 同時に僕は橘に先ほどのことを聞く。


「なぁ、何でさっき僕を抱きしめたんだ?」

「知らない巨乳女性が楠君に手を出していたので、次はこのようなことがないようにと私の匂いを楠君に付けておきました」


 えっと……橘は猫だったのか?

 てっきり心配して抱きしめてくれたのだと勝手に思い込んでいたぞ。

 事実を聞かなければ良かったな。

 なんか恥ずかしくなってきたわ。


 とこで、僕の命の恩人を呼ばわりはどうかと思う。

 流石の僕もこれには少し反論させてもらう。


「あのな、あの人は僕を助けれくれたんだ。助けるために手は出していたが、橘が思うような手は出していない。だから、その呼び方は止めろ。少し腹が立つ」

「ご、ごめんなさい」

「はぁ……まぁいい」


 僕が少し強く言ったせいか空気が悪くなった。

 ここは話を変えることにしよう。


「それより何でわざわざ早退するんだ?」

「あのような教室に今は戻りたくないからです」

「確かにな。その意見に関しては僕も同意見だ」

「それに少し楠君とお話がしたいのです」

「僕と話?」


 一体、何の話だろうか?

 わざわざ真面目な橘が早退までして話すことだ。

 相当な話に違いない。


 と、思っていると、保健室の先生が僕たちの鞄を持って戻って来た。

 僕たちは先ほどの紙を保健室の先生に渡し、鞄を受け取って保健室を出る。

 そして数分前に来た道を無言で帰るのだった。

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