17.「最低」

 帰宅してからそれぞれ部屋着に着替え、現在いつも食事を取るテーブルで僕と橘は対面になっている。

 時刻はまだ午前十時過ぎ。

 だというのに、謎の緊張感とカーテンが閉まっているせいか夜に感じる。

 まるで、不倫をした旦那を妻が問い詰めるような雰囲気。


 橘は紅茶を一口し、長い長い沈黙を破り口を開いた。


「それでなぜあのような行為をしたのですか?」


 少し怒り気味な口調に背筋が伸びる。

 普通に怖い。

 表情は差ほどいつもと変わらないというのに、この凄まじいオーラ。

 途轍もない敵を前にしている気分だ。


 僕は一度心の中で息を整え、咳払いしてからその質問に答える。


「僕は橘を試したんだ」

「私を試した?」

「ああ、正直言って、急に養われると言われても心からそんなことは信用できなかった。だから、それが本気か確かめるために命をかけたんだ」


 そう、僕は命をかけて橘の本気度を確かめた。

 クソ野郎たちの誘いを使い、ゆっくりとあの場へ進み。

 一度、教室にいた橘を確認してから僕は飛び降りた。

 別に死んでもいいと思っていた。

 死んでも誰も悲しまないと思っていたから。

 けど、結果はあの通りだ。


 橘は僕を助けた。

 しかも、自分が落ちる可能性があるというのに、皆にパンツ(見せパン)を見られているというのに。

 歯を食いしばって、僕に思いを伝えて。

 最終的には手が滑ってしまったが、アレはではなかった。


「そのような理由であんなことを……最低です」

「わ、悪いと思っている。だけど、僕は人を信用できないんだ。頭で信用しようと思っても本能的に信用できない。だから、アレ以外に僕が橘のことを信用する方法が思いつかなかった」


 両手をテーブルに置き、頭を深く下げる僕。

 あの橘がという二文字まで使ったのだ。

 相当ショックで、イラついたに違いない。

 そら命をかけた理由がアレだから当然だろう。


「そう、ですか。私はそんなに噓っぽい人間でしょうか?」

「いや、それは違う。ただ僕がそういう性格なだけだよ。君は人に好かれる性格をしていると思っている」

「でも、友達は楠君しかいませんよ」


 うっ、確かにそうだった。

 好かれる性格をしているのだが、外見が近寄りがたいんだよな。

 難しい問題だ。


「それを言われたら、僕の言葉も説得力がないな」

「はい、そうですね」


 平然とした表情で淡々と返ってくる言葉。

 うん、困った。

 僕は選ぶ言葉を色々と間違ってしまったようだ。

 そのせいで橘の眉間のしわが段々と深くなっていっている。


「ま、まだ怒ってる?」

「はい、とても怒ってます。だって、私はずっと最初から本気だったのですよ!

 それに私は養うと言いました! その上、楠君にもう既に百五十万円も使っているのです。だというのに、死のうとされたのです。

 怒るに決まってるじゃないですか!」


 怒涛の棘のある言葉ラッシュに僕の体が少し引く。

 でも、こうなるのも必然。

 なぜなら、それだけのことを僕はしたのだから。


 てか、僕に百五十万円も使っていたのね。

 今、そのお金関係の話は必要だったかな?

 言わなくてもよかったのでは?

 聞いた瞬間、超絶胃が痛くなったんですけど。

 加えて、体中を走る寒気で漏れそうになったわ。

 僕、三日で百五十円の男ですよ。

 完全にやってるな。

 というか、どこからそんな金が出て来たんだ。


 それよりもこのお怒り橘をどうにかしないと。

 トイレにも行かせてもらえそうにない。


「なぁどうしたら許してくれる?」

「許しません!」

「え、えぇ……」


 そんなに怒っているの?

 許してもらえないとかどうしたらいいの?

 この場に緊急脱出装置とかないかな?

 あったらすぐに押すよ?


 と、思っていると、橘が「ふふっ」と笑い口を開く。


「冗談です。許しますよ。でも、条件付きです」

「じょ、条件とは?」

「これから私を信用してくれて、養われてくれるなら許します!」

「も、もちろん。今日の一件で信用はしたから大丈夫だ」

「では、許すことにします!」

「あ、ありがとうございます」


 ふぅー、何とか許しをいただけた。

 ん?

 なんか「養われてくれるなら」とか言ってなかったか?

 これっていつまでの話だ?

 僕が一人立ちするまでだよな? よな?

 まぁいつまでだとしても、もう了承してしまったことに違いはない。

 弁解は無理だろう。


 あ、そう言えば、僕も橘に聞きたいことがあったんだった。


「橘、質問いいか?」

「わ、私にですか? す、スリーサイズまでならいいですけど」


 スリーサイズまでって相当色んなことを答えてくれそうだけど。

 正直、興味はあるが今は置いておく。


 ボケなのか分からないスリーサイズをスルーして話を続ける。


「えっとな、あの時の『もう私を一人にしないでくださいっ!』とはどういう意味だ?」


 ずっと僕の心の中で引っかかっていた言葉。

 ……その二文字が不思議に思えて仕方がない。

 まるで、前は一人ではなかったような。

 橘はずっと友達が出来ず、一人だったと聞いている。

 一体、どういう意味なのだろうか?


「あの時の言葉を覚えていたのですね。どうせいつか話すことですので、全てお話します。今の私が今に至るまでのお話を」

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