12.「登校」

 橘の家から学校まで徒歩で約十分。

 近くには駅があり、多くの生徒がその駅から出てくる。

 だが、特に僕たちは注目を浴びることなく登校していた。


「あまり変に思われていないな」

「楠君が学校の王子的存在なら話は別ですが、ただの一生徒ですからね」

「そ、そうだな」


 言われてみればその通りなのだが、少し傷付く。

 別に僕が特別な存在や注目を浴びる存在とは思っていなかったにしろ、橘の言葉には見えない棘があった。


「それにしても、まさか楠君と一緒に登校する日が来るとは思ってもいませんでした」

「それには同意見だ。まず人と登校するとも思ってもいなかった」


 本当にずっと一人で登校し、学校で一人で青春を送っていただけだからな。

 何と言うか、今は少し不思議な感覚だ。

 と言っても、二人で登校しようが一人で登校しようが、実際は何も変わることはなかった。

 ただ少し会話するだけ程度。

 登校が楽しい! などとは全くならない。


「楠君は嬉しいですか?」

「ん、何がだ?」

「私と登校できてです」

「別に嬉しいとは思わないかな」

「そ、そうですか……」


 分かりやすくしょんぼりとする橘。

 僕は言葉の選択ミスをしたようだ。

 本音で言ってみたのだが、望んでいたのはその逆に違いない。

 だから、一応フォローしておく。


「まぁだが、橘がいなかったら僕はここにいなかったと思うと感謝はしている」

「ふわぁ! 本当ですか! えへへ、嬉しいです」


 パッと蕾が花に変わったように表情を明るくし、橘はそう言う。

 本当に分かりやすい奴だ。

 でも、無表情の人間よりかはこっちの方が接しやすい。

 僕は心をある程度は読めるからな。


 にしても、この道もなんか懐かしいな。

 約一ヶ月通らないとこんな感覚を覚えるものなのか。

 いや、違う。

 恐らく僕にとってこの一ヶ月は一年ぐらい長い長い時だったのだろう。

 だから、そう感じているだけ。


 そう思いながら、橘に少し聞きたいことがあるので口を開く。


「橘、僕がいない間にクラスは変わったか?」

「いえ、変わってないですね。楠君が虐められる光景がないぐらいです」

「まぁ言っても一ヶ月だもんな」

「はい、まだ二年生は始まったばかりです」


 クラスは変わっていないのか。

 ということは虐めのターゲットが変わったことも無さそうだ。

 僕が虐められる光景がないぐらいと聞き、とても複雑な気持ちになったが、僕のクラスの奴らは虐め以外の部分では普通だから当然だろう。

 実際よくいる高校生で、女子は映え写真、男子はエロ話に花を咲かせている。


 はぁ……でも、変わってないということは、僕が来たらまた虐めが再開することは間違いない。

 別に苦と思ってないが、久しぶりのあのノリに心が対応できるかどうか。

 一番良いのは虐めが自然消滅していることだ。

 まぁそんな世界は甘くないと思うが。


 内心「学校行くのダル」と思いつつ、段々重くなっていく足を進めていると、何かを思い出したように橘が「あっ!」と言い口を開いた。


「そう言えば、楠君が虐められてなかった代わりに、楠君の机と椅子、ロッカー、下駄箱、それと上靴は虐められてました」

「……」


 見慣れた平然とした顔でそう言う橘。

 正直、今そんなことは聞きたくなかったぞ。

 と言っても、結局知ることになるのだが。


 てかさ、僕の物が虐めを受けているということは=僕が受けていることと同じだよね?

 全然僕の代わりになってないから!

 まず僕の代わりって何だよ!

 それよりも僕が学校を休んでいる間に、虐め悪化してない?


 ――はぁ……ますます学校に行きたくなくなったぞ!

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