9.「買い物2」

「昼食も食べたことですし、買い物後半戦ですね」

「ま、まだ買うのか?」

「はい、もちろんです。まだ日用品を買えていないので」

「確かに服類しか買ってなかったな」


 服類だけなのにもう両手はいっぱいなんだが。

 流石にこれ以上は持てる気がしない。

 というか日用品って何があるんだ?

 あまり思い浮かばない。


 そう思いながらも足を進める橘に僕はついて行く。


「あ、男子の日用品って何ですか?」

「そ、そうだな……」


 てか、知らずに足を進めていたのかよ。

 服の時みたいにもう既に買うものが決まっていると思っていたぞ。

 しかし、男子の日用品はなんだろうか?

 顎に手を添えながら考える。

 と、その動作で思いついた。


「髭剃りとか?」

「あー髭剃り! 絶対正解です」


 僕もそう思う。


「で、髭剃りはどこにありそうだ?」

「こっちですね」


 そう言われ、橘の背中を追いかけること数分。

 着いたのは家電量販店。

 本当にこんなところにあるのか。

 僕が前に買っていた時はコンビニや薬局、スーパーにあった記憶がある。

 このような場所では見かけたことがない。


「髭剃りというのはこれですよね」


 綺麗な瞳を輝かせ、僕に見せて来たのは電気シェーバー。

 間違いなく髭剃りではあるが、まさか使い捨てのやつじゃないとは思っていなかった。


「あ、あれ? 違いましたか?」

「いや、あってる」


 あってるけど、思っていたものとは違う。

 本当に感覚がズレるな。


「無言だったので間違っていたかと」


 ホッとした表情を見せ、言葉を続ける。


「それでどれにしますか?」

「んー、そう聞かれてもどれがいいのかサッパリ分からんな」


 電気シェーバーなんてテレビの宣伝でしか見たことがない。

 恐らく色々な種類があるようだが、僕には全て同じに見えて仕方がない。

 加えて値段は全て一万円越え。

 僕からすれば、とても選びずらい。


「なら、一番高いのにしましょう! えっと、これですね」

「……え、えええっ!?」


 橘が手に取った電気シェーバーの値段を見て、思わず変な声が出る。

 だって、五万円越えだぞ。

 五万円の買い物ってこんな普通に出来るものなのか?

 分からん、僕には理解できない。

 というかこんなに高い物を買ってもらうのは申し訳ない。

 それにもうこんなに服類も買ったのだ。

 既に恐ろしい値段になっているに違いない。


「あまり好みの髭剃りではなかったですか?」

「そ、そんなことはない。だが、値段が――」

「ん? 五万円ちょっとです。大したことはないと思いますけど?」


 とっても不思議そうに首を傾げる橘。

 本当に「何言ってるの? この人」みたいな瞳でこちらを見ている。

 正直、その気持ちはこちらなのだが、何と言い返そうか悩む。

 遠慮しておくか、それともノリ良く買うか。


「橘にとっては大した値段じゃないんだよな?」

「はい? そうですけど?」


 念の為にもう一度確認したが、表情からして無理しているようには見えない。

 じゃあここはこれを買うことにしようか。


「じゃあそれにするよ」

「分かりました! 絶対にお肌までツルツルになりますよ」


 うん、五万円もすればなるだろうな。

 てか、僕の肌荒れてる?


 その後、ヘアケア商品やボディケア商品、鞄、筆記用具などを購入。

 もちろん全て高額の物。

 加えて橘が買う予定だった日用品も購入し、全ての買い物が終了した。

 で、帰りの電車。


「橘、こんなに買ってもらって本当に良かったのか?」

「もちろんです。これから一緒に暮らすのですよ? これぐらいは必要です」

「本当に養う気なんだな」

「はい。もう頭には二人で生活する日々が見えています」


 なんか色々と早いな。

 まだ僕はその気ではないのだが。

 普通に出て行く気満々なんだが。


 と、その時!


「キャッ!」


 電車が揺れて橘が僕の胸に。

 橘は壊れそうなほど小さく、フカフカベッドよりプニプニしていて柔らかい。

 加えて橘のから香るシャンプーの甘く柔らかな匂いが僕の鼻孔くすぐる。

 この状況には流石の僕も息を呑む。


「あ、楠君ごめんなさい」

「べ、別に気にするな。荷物も多いし、仕方ないさ」


 とろけるような目で上目遣いされ、思わず視線を逸らす僕。

 橘の見たことのない可愛い姿につい心臓が止まるかと思った。


 全く、事故とは言え、この距離感はヤバい。

 昨晩、一緒に寝た時とは違い、今のは不意打ち。

 僕は不意打ちには弱いのだ。


 数秒後、橘はゆっくりと僕から離れ態勢を整える。

 それから「ふぅー」と息を吐いて空いている手で乱れた髪を直し始める橘。

 僕はそんな姿を直視することなく、電車の窓に反射している橘を静かに見つめるのであった。

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