8.「買い物1」
現在、昨日のうちに洗濯してもらったパンツと服を着て、僕と橘は電車を使い、大型ショッピングモールに来ていた。
朝食後、橘が綺麗に畳まれたパンツを持って来た時は少し恥ずかしかったが、顔には出さずにその場をしのいだ。
全く、同い年の女子にパンツを洗ってもらう時が来るとは思ってもいなかった。
橘の奴も少しは抵抗してほしい。
だが、そんなのは期待するだけ無駄。
昨日である程度それを思い知らされた。
「まずは服から見ますか?」
「僕はあまり服など買ったことがない。今着ている服も亡き父の物だしな」
「大丈夫ですよ。私が選びますので」
ニヤニヤと効果音が聞こえるほど橘の頬は緩んでいる。
何がそんなにニヤけることがあるのか。
「男性服とか分かるのか?」
「私も一応高校生なので、ファッションについては詳しいのです」
「そ、そうか」
一応高校生という自覚があるなら、ファッションより友達との距離感に詳しくなってほしい。
と思いつつ、僕は自分にファッションセンスなどないと思っているので、ここは選ぶ気満々の橘に任すことにする。
実際、今日の橘の服装はとても可愛い、否、美しい。
少し薄い青色Tシャツに真っ白なロングスカート。
Tシャツはロングスカートにインしている。
鞄は小さなカゴバッグ。
学校の制服姿とはまた違い、女性の大人感がある。
「あ、あの……何かついてますか?」
「あーいや、確かにファッションには詳しそうだと思ってな」
「それはつまり……似合っているということでしょうか?」
「まぁそうだな。というかわざわざ言わせるなよ」
僕は視線を逸らし、頬を人差し指でかく。
はぁ……普通に察してほしい。
あまり女子を褒めることなどしたことがないのだ。
直接言葉にして褒めることはそこそこ恥ずかしいからな。
「えへへ、ごめんなさい。でも、言われないと分からないので」
「だろうな」
橘は僕しか友達がいないこともあり、人の気持ちを読むことは苦手。
一方、僕は昔から虐められていたから人の気持ちに関しては敏感。
視線や仕草で何となく感じ取れてしまう。
一人ぼっちで過ごしてきた僕たち二人だが、ここだけは対照的だ。
早速、移動を開始して高そうな店に入る。
別に僕がわざと高そうな店を選んで入ったわけではない。
ただ橘についていったただけ。
「このジーンズは買いましょうか」
「え、もう決定していいのか? 他の物とか見なくていいのか?」
「もちろん見ます」
「じゃあ、他のを見てから――」
「これは買います! 別に私は一着しか買わないとは言っていませんよ?」
「え、あっ、え?」
その言葉に耳を疑った。
確かに橘は一度も「一着しか買わない」とは言っていない。
だが、買い物とは良い服を一着だけ探す旅みたいなものじゃないのか?
これは僕の知っている買い物とは違う。
と言っても、僕がする買い物はスーパーで食材選びぐらい。
出来るだけ安く品質が良い物を選らんでいた。
「あ、このチノパンも似合いそうで――これもイイです! もうすぐ夏なので半ズボンなども買っておきましょうか」
「え、あ、あああ、えぇ?」
次々と選んでいく橘に僕はただ立っていることしか出来ない。
一体、ズボンだけで何着買う気なんだろうか?
というか僕の意見とか完全に聞かないのな。
まぁ聞かれても答えられないけど。
数分後、服屋を転々とし、僕の両手いっぱいに荷物が出来ていた。
ズボンから始まり服や靴、靴下やパジャマまで。
全て橘が一人で選び、僕は立っているだけだった。
唯一選んで買ったのはパンツのみ。
理由としては橘が女性用の下着屋で、僕のために女性用下着を選びだしたからだ。
少し周りの店員の視線を気にしながら、それには「おかしい」ということを橘に伝えて早急に対応。
すると、橘は思い出すように「そう言えば、昨日洗ったパンツは知らない種類でした」と言い、続けて「では、パンツは楠君にお願いしますね」と一万円をもらった。
これに関して色々とツッコミたいのだが、まずは男性用パンツと女性用パンツがあるとなぜ知らない。
どう考えても、女性用だと男性は痛いよ。
実際に履いたことないから知らんけど。
加えてまじまじと僕のパンツを見られていたと思うと恥ずかしい。
一週間も履いていたので、シミとか付いてなかったか心配になった。
それと普通に一万円が財布から出て来て焦った。
一万円って家の金庫にあるものだと思っていたぞ。
はぁ……怒涛の驚きラッシュに疲れた。
現在はフードコートで昼食中。
橘の要望でクレープを食べている。
僕がチョコバナナで、橘がイチゴホイップ。
初めてクレープというものを食べたが、思っていた以上に美味い。
と思いながら食べていると、前から視線を感じる。
「橘、どうかしたか?」
「あ、いえ、あーでも……」
僕はその反応に不思議そうに首を傾げる。
何か言いたいけど、言いにくいことでもあるのか?
僕の鼻から鼻毛が出てるとか。
それって普通に恥ずかしいな。
「気にせずに言ってくれ」
「では言います」
「うん」
何だ、その前置きは。
「ひ、一口そのクレープをいただけませんか?」
「あー、そんなことか。もちろん」
僕は食べやすく持ち手の紙を破り、橘の口元へ。
橘は小さな口で「あーむ」と食べ、頬を緩める。
「美味しかったです。じゃあ次は私の番ですね」
そう言い、橘は自分のクレープを僕の口元に。
「いいのか?」
「はい! お返しです」
僕はそれを聞き、パクリと一口。
「うん、イチゴも美味いな」
「はい! あ、口元にホイップついてますよ」
言葉と同時に僕の顔に手を伸ばし、付いていたホイップを指で取る橘。
そして自然と取ったホイップをペロリと舐めた。
な、何で平然とそんなことが出来るんだ。
僕の心はとても複雑。超恥ずかしい。
自分で取れるし!
てか、何で取ったホイップを食べるかね。
抵抗とかないのか! て・い・こ・う!
「どうかされましたか? 顔が赤いような――」
「な、何もない」
「それならいいですが、昨日雨にも当たっているのでしんどい場合は言ってくださいね」
「ああ、そうする」
そう言ったものの実際のところはしんどい。
まぁ、しんどいと言っても、自分の普通が壊されてしんどいだけだが。
これには当分の間は慣れないだろうな。
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