4.「リビング」
ジャージを借り、結局ノーパンで過ごすことになった僕。
少し下半身がスースーするが、お風呂上りなので体はポカポカ。
で、現在は広々としたリビングの真ん中になる椅子に僕たちは対面で座っている。
目の前には紅茶。
僕がそれを一口すすると橘は口を開いた。
「先ほどはごめんなさい」
「別にいいよ。それより下着見られて大丈夫だった?」
「それは構いません。友達なので」
橘にとって友達とはどのラインまで大丈夫なのか。
男子でも友達なら下着は大丈夫とかどうかしている。
そんな女子はこの世にビッチか橘ぐらいだろう。
まぁでも、橘は仕方ない。
本当に特殊なケースだと思う。
「はぁ……橘、男友達に普通は下着なんて見せないものだぞ」
「そうなんですか? ただの布ですよ?」
「確かに布だが、裸を見られるぐらい下着を見られることは恥ずかしいものなんだ」
「私は友達なら裸を見られても大丈夫ですよ?」
もう友達という概念が分からなくなってきた。
どこまで大丈夫なのだ。
ここまで言われると何しても許される気がするぞ。
友達ならがパワーワードすぎる。
「あのな、友達でも普通は下着も裸も見せない。もう少し友達というものの距離感を知るべきだ」
「そうなんですね。ですが、私はこの世界に今も過去も友達は楠君しかいないので」
「知ってるよ」
そう、この橘には僕以外の友達がいない。
と言っても、僕も同じなのだが。
実は最初に橘と出会ったのは高校一年生の頃。
ちょうど一年前になる。
だから、僕たちは現在高校二年生。
一年前、入学当初。
橘はクラスの女子から虐めを受けていた。
理由は成績優秀、優等生、外見の良さなど。
先生や男子から良く見られる要素が大きな原因。
加えて大人しい性格から虐めのターゲットとされた。
最初、僕は関わらないようにしていた。
入学したばかりで面倒事に巻き込まれるのは御免と考えるのが普通だろう。
それに僕は世間一般的に言う陰キャ。
人と関わるのは苦手だ。
窓側の席で息を殺して青い空を眺めること僕の青春。
そうだったのだが……何でだろうか。
いや、僕も小学生時代、中学生時代に虐めを受けていたからだろう。
橘をほっておくことは出来ず、僕は橘を庇い助けた。
結果的に虐めのターゲットが橘から僕へ。
でも、幸い虐めには耐性があり、そこまで苦でもなく、生活をしていた。
ずっとずっと一年間、ずっと。
それから二年生に上がり、虐めは無くなった。
と言いたいが、無くなりはしなかった。
そんな時に母親が自殺。
色々あって今に至る。
「それで橘はなぜ僕を助けた?」
「助けてません。養うと決めただけです」
「じゃあなぜ養うと?」
「それは……一年前、楠君に救われたから」
「今更、一年前のことか。橘は一年間、一切僕を救おうとしなかったのに? 無理矢理決められた学級委員長で関わる時だけ話しかけて来たのに? 何が僕に救われたからだ。そう思うなら、もっと早くに手を差し伸べることが出来ただろ」
「……」
僕の言葉に下を向き、押し黙る橘。
「ほら何も言えない。そもそも本当に僕を友達だと思っているのか? 橘は学級委員長としての使命感で僕を養うと決めただけじゃないのか?」
「ち、ちが――」
「いいや、違わないね。哀れな僕を見て、学級委員長の橘はどうにかしないといけないと思った。けど、どうするか分からず、養うという言葉が咄嗟に出ただけ」
「……」
また橘は黙り込む。
完全に図星だろう。
そんなことだと思っていた。
まず僕と橘が友達と言える関係なのか微妙。
本当に学級委員長の仕事の時だけしか会話してなかったからな。
でも、橘は友達という言葉を使い、僕をどうにかしないといけないと考えた。
まぁしかし、友達というものの距離感や関わり方を知らない橘は悪戦苦闘。
今更、養うと言ったことを後悔しているに違いない。
「もういいだろ? 僕は――」
「よくないです!」
橘は力強い眼差しでこちらを向き、涙声でそう言う。
そして言葉を続ける。
「私は確かに、確かに先ほど雨の中ベンチに座る楠君を哀れだと感じました」
「やっぱ――」
「でもっ! 哀れと感じたからどうにかしないといけないと思ったわけじゃないです。友達として本当に友達としてどうにかしたいと思いました!」
「さっきは僕に救われたと言ってたぞ?」
「それも一つの理由です。一年間、楠君を救えなかった、ううん、救おうとしなかったのは、私は弱虫で臆病だったから。一人ぼっちには慣れていました。けど、虐めというものは初めてで、怖くて、怖くて、怖かった」
テーブルに大粒の涙を流し、唇を嚙み締める橘。
肩が震えている。
本当に怖かったのだとそれを見て理解した。
橘は嘘をついてはいない。
嘘をついていないと分かっているのに信用はできない。
何か裏があるのではないか、ただの学級委員長としての仕事を真っ当しようとしているだけじゃないのか。
恐らく約十年間、虐めを受け、家族には先立たれたせいだろう。
信用できない理由を頭で理解していても、記憶がそれを防いでいる。
「言いたいことは分かった。どうせ僕は行くところもない」
「それってつまり……」
「ああ、養ってもらうよ」
別に無理矢理信用しようとしているわけではない。
今、僕が言った通りどこも行く場所はない。
なら今は橘の言葉に甘え、養ってもらうことが最善だと判断しただけ。
色々と安定したら、出て行くつもりだ。
だから、この選択はそれまでの間を生きるための手段にすぎない。
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