3.我、敵の生体捕獲に成功せり
ほ‐かく【捕獲】
①とらえること。いけどること。とりおさえること。
②戦時、交戦国の軍艦が敵の船舶や貨物またはある種の中立船舶や中立貨物を公海または交戦国の領海内で拿捕だほすること。
「広辞苑」(第六版)より抜粋
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その頃、北海道に上陸した北方師団でも断続的な戦闘が繰り広げられていた。
本州をほぼ手中に収めたヒューマノイド軍は今、九州と北海道に部隊を展開しつつあった。軍事的に見れば、両地域はさほど重要な進行対象とは言えなかったが、そういった地方にも生存を果たした人類は居るわけだし、今後、人口が増加に転じた後に訪れる食料確保を考えれば、今のうちに攻略しておく方が得策である。その一翼を担う北方師団の大隊長の一人トレーシーは、自分の眼球に装備された望遠機能を最大限に引き出し、前方で繰り広げられる戦況を観察していた。
「キリが有りませんね、中佐。我が軍も消耗しつつあります」
通信士官のアンジェラの声だった。
「航空支援はまだか?」
「もう少し時間がかかるようです。現在、戦線が広範囲に拡大しており、一度、八戸の空軍基地に戻って、燃料と弾薬を補給してからでないと、こちらには来られないと言っております」
「大都市の札幌、空港の有る千歳、工業地帯であり港湾都市でもある苫小牧、いずれも軍事的には重要拠点ということか。こんな小さな観光都市に航空勢力を割くわけにはいかぬという司令部の判断も判らんではないが・・・」
トレーシーの率いる第四大隊は、北海道の東岸の港町、小樽を攻略中で、そのまま日本海沿岸を北上して、札幌から旭川に至る主要都市群を側面からサポートする任務を帯びていた。
「西の山腹にシエラ小隊を展開させよ。第三中隊は山中での戦闘に備え、シエラの護衛任務に当たれ」
シエラ小隊、つまりS小隊とは、トレーシー直属の少数精鋭の特殊部隊で、敵陣深く切れ込んでの破壊工作などを得意とする。また、スナイパーとしての技量も高く、今回はその狙撃能力を用いて市街地で戦闘中の各中隊を側面援護し、消耗戦にもつれ込みつつある戦況を打開しようという狙いであった。海岸線から山間部までの間隔が比較的短い、小樽ならではの地勢を有効活用する妙案と言えたが、万が一山中に大規模な敵勢力が存在していた場合に備えた、第三中隊同行である。
「走れ、走れ!」
迷彩服に身を包んだ四人が山腹を駆け抜けた。二人ずつのチームになり、片方が周辺を警戒している間に、もう片方が一気に追い越して、数十メートル先に定位して辺りを警戒。今度は後ろにいたチームが追い越して、更に数十メートル進むという交互索敵&前進を繰り返し、険しい山中の行軍ながら、その移動速度は驚異的と言えた。そこにクリスタから無線が入った。特殊部隊の護衛任務に就いている第三中隊の中隊長である。
「そんなに突っ走るな。護衛が間に合わない!」
「そちらの速度に合わせていたら、日が暮れてしまいます。我々は自分らに与えられた任務に最善を尽くします。大尉殿は中隊の尻を引っ叩いて付いてきて下さい」
特殊部隊の小隊長レベッカが答えた。会話は各自の頭部に装備された中距離無線通信にて行われているが、市街地で交戦中の本体と、無線が交絡することを避けるため、山腹に展開中の部隊は周波数を925メガヘルツに変更していた。
「言ってくれるじゃないの、レベッカ軍曹。エリート集団とやらのお手並み拝見させて貰うわ。みんな聞こえてたでしょ? 各隊に告ぐ、アルファ小隊、ブラボー小隊は尾根を登り、稜線と尾根裏の警戒に当たれ。現場指揮はキム」
「アルファ、ブラボー了解です。任せて下さい。シエラだけにいい格好はさせません!」
「チャーリー小隊、デルタ小隊は裾野に展開して下からの脅威に備えよ。現場指揮はケリーが執れ」
「チャーリー、デルタ了解。第三中隊のおかげで助かったと言わせてやりますよ!」
レベッカたちは眼球を赤外線モードに切り替え、周辺の熱源探査を行ったが、彼女たちのモニターには活動する敵の存在は認められなかった。地中のエコーでも、脅威は確認されなかった。どうやらこの山中には魔物は居ないようだ。左眼下に見下ろす市街地では、なおも激しい戦闘が続いているらしく、絶え間ない銃声が響いていた。レベッカは特殊部隊の全員に、市街地の友軍に対する側方支援を開始するように指示を出した。その時である。裾野側に展開していたC小隊が、地底で蠢く影を認識したのは。
「小隊長! 地中に多数の敵影を確認!」
エコーロケーション装置で周辺を探っていた隊員が叫んだ。
「方位を!」
「9時方向に三体! 12時方向に四体! 3時方向にもいます。どんどん増えています! そこら中に居ます! マズイ! 囲まれます!」
「総員、白兵戦の用意を!」
ケリーの命令が伝わるよりも早く、一体の魔物が地中から躍り出たかと思うと、先陣を切っていた兵員に躍りかかった。それを合図とするかのように、次から次へと魔物が現れ、C小隊を襲った。滅茶苦茶な乱射が交錯した。同時に銃剣を使った肉弾戦も始まり、戦場は混乱をきたした。後方に位置していたクリスタにも、その状況は明白であった。
「デルタ、前進してチャーリーを援護せよ! シエラも左舷をバックアップしろ!」
「ダメです! 相手が近すぎて援護射撃は出来ません!」
「味方を撃ってしまいます!」
その間も銃声は止むことも無く、それに魔物の断末魔の叫びが混じった。C小隊の何名かも、既に戦闘不能に陥っているらしく、その活動モニター通信に反応を示さなくなっていた。
「左舷、突破されそうです!」
C小隊のジルがその通信を行った直後、飛びかかって来た一体の魔物に組み伏せられてしまった。銃剣で敵の首をかき切ったが、相手がジルの首を掴んだ腕の力を弱めることは無かった。ジルは、更に銃剣を相手の胸に突き刺しながら、左手で腰に付けた手榴弾を取り外すと、歯を使ってその安全ピンを引き抜き、友軍に警告を発した。
「グレネード!!!」
地面を揺るがす爆音と振動が起こった。この爆発により、ジルの体は粉々に砕け飛んだ。併せて、C小隊はほぼ全滅に近いダメージを被ったが、それと同等以上の数の敵を葬ることに成功した。クリスタの内部モニターは、C小隊の全員が戦闘不能なところまで損傷、ないしは破壊されていることを映し出していた。クリスタは直ちに追撃命令を下した。ヒューマノイドの判断は冷徹であり、的確であり、またそれ故に効率的である。全滅したのであれば、攻撃に手心を加える必要は全く無い。
「デルタはRPG用意! シエラは衝撃に備えよ!」
「準備完了!」
「撃て!」
鬱蒼と茂る森の作り出す陰影と、ライフルが吐き出す硝煙をつんざき、赤い火花の線を空中に残しながら、RPGはC小隊が居た地点に向かって飛翔した。凄まじい爆音が轟いた。魔物たちの絶叫が木霊した。土や小石や木片、草などに混じって、魔物の内臓や手足、更にはヒューマノイドの部品などが、バラバラと降って来た。それでもクリスタは追撃をやめなかった。
「引き続き装填! 完了次第撃て!」
二発目のRPGが炸裂した。その頃には、S小隊前面にも魔物が出現し、彼らは本来の任務 ―― 市街地の側方支援 ―― を行っている暇は無くなっていた。接近戦に持ち込まれると不利なのは明白である。レベッカは、グレネードによる距離をとった攻撃を優先するよう指示を出した。尾根付近に展開していたA、B小隊も急峻な斜面を駆け下り、中腹から裾野にかけて勃発した戦闘に、右舷から加担した。銃声、爆発音、怒号や悲鳴がいつ果てるともなく続いた。
敵の濃密な波状攻撃に多大な損失を出している状況を踏まえ、クリスタは大隊本部のトレーシーに援軍要請、あるいは撤退許可を求めたが、トレーシーはそれを固辞した。今クリスタの部隊が退いてしまっては、市街地の本体が側面攻撃を受けることになってしまう。また、こちらから増援を送れるほどの余裕は、本体には無かった。その山腹で上がる火の手を遠くから認めたトレーシーは、自分の作戦が失敗であったことを知った。この市街地戦を終息させるために、クリスタの中隊を向かわせたのだが、それがかえって戦線の拡大を招いてしまった形だ。その時、通信兵が叫んだ。
「大尉! 味方潜水艦から入電です!」
「こちら攻撃型潜水艦こくりゅう。潜航していたために、無線傍受できなかった。援護が必要なら地対地ミサイルをプレゼントしよう。攻撃目標を教えられたし」
トレーシーの表情がパッと明るくなった。
「よく来てくれた海兵さん! 市街地に潜伏する敵と東側山腹の敵を、一匹残らずなぎ倒してくれ! 各中隊は敵位置を特定し、赤外線誘導装置でマークしろ!」
「OK。準備が整い次第発射する。合計四発の発射を予定。最初の着弾は、約三分後の見込み。それまでに、各自、安全な所に避難してくれ」
トレーシーが叫んだ。
「第四大隊総員に告ぐ! 敵の足止めに集中し、空爆に備えよ!」
「トリム水平。浅深度を維持」
「トリム水平、アイ」 操舵手が復唱した。
「取舵一杯、進路026。多弾頭トマホークを赤外線誘導モードに設定し、1番から4番管に装填せよ」
「進路026、アイ」 操舵手が更に復唱した。
「1番から4番管にトマホーク装填します」 インターフォンを通じて、潜水艦前部に有る魚雷室からも復唱が帰って来た。
「艦長、追い潮で船足が速めです。速度を落とすことを進言します」 バネッサ副艦長の声であった。
地上での地獄の蓋を開けたような戦闘とは異なり、潜水艦の内部は不気味なくらい静かであった。この時代、いわゆる敵艦船が居る可能性は無く、音も無く忍び寄り急襲を加えて離脱するという潜水艦本来の姿を再現する必要など無かったが、あの当時の、つまり沈黙を美徳とする潜水艦乗りのDNAは、今もなお色濃く彼女たちに受け継がれていた。こくりゅうは、本部との定期通信と消耗したバッテリー充電の為に浅深度にまで浮上 ―― 発電機を起動するディーゼルエンジンを回すためには、酸素が必要である ―― した際、地上で繰り広げられる混沌とした戦況を無線で確認したのであった。
艦長のフランソワは副長の提案を受け入れ、艦の速度を落とす指示を出した。彼女は、副艦長の才能、つまりどんな状況であっても、あらゆる事案に対する適切な評価能力を維持できるという能力を高く “買って” いた。フランソワは、副艦長がもう自分の艦を持つべき頃合いだと判っていたが、この艦からバネッサが抜けることは痛手である。しかし、彼女の今後を考えれば、次に寄港した際には、バネッサを艦長候補として推薦しないわけにはいかないと感じていた。
「OKバネッサ、君の言う通りだ。前進微速。攻撃目標の最終確認を行う。潜望鏡深度に付けろ」
「前進微速、アイ。潜望鏡深度にまで浮上します」
航海士官の報告を待って、フランソワは潜望鏡に取り付いた。次いで素早く、周囲を一周確認すると、陸側に向けて潜望鏡を固定した。開戦以前の軍隊、あるいは自衛隊であれば、敵フリゲート艦のレーダーや対潜哨戒機に発見されるのを恐れ、潜望鏡による目視確認は一瞬で終わらせるのが艦長の重要な任務であったが、今はそのような懸念は無い。フランソワはじっくりと地上戦の状況を確認した。他の士官たちは、潜望鏡が捉える映像を映し出すモニターを通して、外部の状況を観察した。その時、再びインターフォンが告げた。
「1番から4番魚雷発射管に、赤外線モードのトマホーク装填を完了しました」
魚雷室からの報告を確認すると、フランソワは潜望鏡を、通常モードから赤外線探査用光学センサの画像に切り替えた。その赤く染まった映像では、戦闘が行われている地上のあちこちに、敵の現在位置を示す赤外線誘導装置の明るい点が浮かび上がった。それは、地上に展開するトレーシーの部隊が、トマホークを誘導する準備を終えたことを告げていた。
「地上部隊に最後の通告を。1番、3番発射」
恐るべき破壊力を持つ巡航ミサイルの発射という、世にも恐ろしい命令とは思えぬフランソワの冷静な口調が、かえって、その破滅的な結果を物語っているかのようであった。この日、比較的穏やかであった日本海の平静を突き破り、円筒形の物体が二体、海中から躍り出た。それは空中で一瞬だけ静止したかのように見えたが、すぐさま、その下部に隠されたウィリアムズF415-WR-400ターボファンエンジンから強力な火炎を放出し始めたかと思うと、その推進力によって再び上昇を開始し、一気に加速していった。同時に、側面から小さな羽が現れ、それは目的地に向かって突き進む飛翔体となった。それは物理原則によって放物線を描いて落下する砲弾などとは異なり、明確な意思、つまり殺意を持っている。デジタル式情景照合装置(DSMAC:Digital Scene-Matching Area Correlation)と呼ばれる電子光学センサにより地上をスキャンし、事前に登録された情景と比較しながら進路を修正するその誘導システムは、飛翔するトマホークを、障害物を避けながら空を駆ける悪魔の化身に変えた。
潜望鏡で第一波の飛行を確認したフランソワは、更に冷静な口ぶりで追加命令を下した。
「2番、4番発射」
圧縮空気が第二波を海中に押し出すと、艦はブルリと震えた。
「2番、4番発射しました」
潜望鏡用のハンドルを畳みながら、フランソワが言った。
「第二波の飛行を確認、潜望鏡を下ろせ。半速前進、航行深度まで潜航。当海域を離脱する」
こくりゅうから発射された第一波は小樽市街上空にまで達すると、そこで分解した。バラバラになってしまったかと思われた複数の破片は、次にそれぞれが個別の目標に向かって降下を開始した。つまり、一基の大きなミサイルとして飛んで来たトマホークは、目標上空で小さな166個もの小爆弾に分裂し、敵の上に雨霰となって降り注いだ。これにより、敵の残存兵力は効率的に削がれていった。それらの小爆弾をここまで運んで来たミサイルの残部は、グルリと円を描いて宙返りしたかと思うと、今度はそれ自体も攻撃用のミサイルの一基として、赤外線誘導に従い別の攻撃目標を破壊した。引き続き放たれた第二波は小樽上空を通過し、東側の山腹に向かっていた。そのころ、その山中、つまりこくりゅうが発射した第二波の巡航ミサイルの着弾位置付近では、クリスタの絶叫に近い指令が響いていた。
「トマホークが来るぞっ! 全員、穴に潜れーっ!」
**********
破壊し尽くされた街では、トマホークの燃えカスが不快な匂いを放ち、そこここで燻る煙が街を覆い隠すかのように漂っていた。瓦礫に混ざって、魔物やヒューマノイドの残骸が散乱し、戦闘の激しさと爆撃の凄まじさを物語っていた。山腹では、ズタズタにされた魔物の肉片が飛び散っていた。中には、白樺の枝の上に引っかかった魔物の首も見受けられた。同時に、多くのヒューマノイドもバラバラの部品となって散乱し、第三中隊は、手痛い戦力消失を被っていた。そんな時、兵士が数人集まって、何かを取り囲んでいた。
「どうした?」
「敵です。生きてます」
クリスタの問いに、S小隊のレベッカが振り返りながら応えた。そこには、ほぼ下半身を失い、右腕も著しく損傷しているにも拘らず、口から不気味な液体を垂らしながら唸り声をあげている魔物が居た。
「生きてるだって?」
クリスタが向けた銃口の先には、瀕死の魔物が横たわっていた。通常の生物であれば、間違いなく絶命しているはずだ。彼女は周りの部下に命令した。
「これは貴重なサンプルだ。体を拘束して確保せよ」
その命令を受け、部下の数人が駆け足で山腹を降りて行った。魔物を拘束するための備品を調達に行ったのだ。敵を生け捕りにするなど、彼女たちの想定外であった。
「魔物は捕獲される前に自殺する性質が有ったのでは?」
今度は、レベッカの疑問にクリスタが答えた。
「奴らは舌をかみ切って自殺するんだが・・・ でもこいつは銃撃で顎を撃ち抜かれて、舌を噛むことが出来なかったのかも知れんな」
「なるほどねぇ。それにしても自殺するなんて、妙な生き物ですよね」
レベッカがそこまで言うと、魔物の漆黒の瞳が二人を見据えた。
「か・・・うふ・・・あ・・・え」
クリスタの目が大きく見開かれた。
「何だって? こいつ今何か喋らなかったか?」
「まさか! 魔物が言葉を喋るはずは・・・」
「かこを・・・ふりかえ・・・れ」
顎を砕かれて明確には聴き取れはしなかったが、確かにその魔物は言葉を発した。しかも、人間と同じ言語を。
「きさま達は・・・ 言葉が話せるのかっ!?」
クリスタの質問には答えず、魔物は不気味な笑いをその顔に張り付けた。そして遂に、声を上げて笑い出した。その笑い声は、決して足を踏み入れてはならない奈落の底から響いてくるような、それを聴く者の背筋を凍らせる不吉な響きに満ちていた。
「ふぁっふぁっふぁ・・・」
クリスタはたじろぐ様に一歩下がった。
「本部に連絡をっ!」
この情報が東京の参謀本部にもたらされたのは、約30分後であった。
『 我、敵の生体捕獲に成功せり 』
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