第二幕

1.人類の反撃は始まっていない

はん‐げき【反撃】

軍を引き返して、追って来る敵をうつこと。攻撃を受けた者が逆に攻撃に転ずること。「―を加える」


「広辞苑」(第六版)より抜粋

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 「歩哨からの連絡です。ターゲットでの敵の活動は散漫です。攻撃しますか?」

 指揮官は答えた。

 「B中隊が左側面を固めるまで待て。その間に、主要大隊の陣形を、あと200メートル右に移動させ、第三中隊は中央に残って、掃討戦に備えた広域陣形をとれ」

 そこまで指示を出した後、指揮官は振り返って老兵の意見を仰いだ。

 「これでよろしいでしょうか?」

 「戦術的に、お前が私の意見を求める必要は無いよ、イヴ」

 老兵は優し気な瞳を投げかけるように微笑んだ。慎也であった。

 「お父さんの判断が、最上位判断です」

 慎也は答えた。

 「それではイヴ、君が最善と判断する戦術の採用を許可する」

 「判りました、お父さん。右舷制御室の制圧を最優先とし、速やかな障害排除を開始し、化学プラントの確保ミッションを遂行します」


 兵士たちは全て少女であった。いや、その外見から言えば、彼女らは全てイヴであった。ただ、その内部の人工知能には若干の差異が認められ、その役割に応じた学習がなされていた。イヴの成長に合わせ、二人は仲間を増やし続け、今ではヒューマノイドを製造するための生産部隊や、前線への補給を行うロジスティック部隊、インフラ整備を行う工兵部隊、あるいは破壊工作を行う特殊部隊や、敵の生態を研究するための後方組織まで存在していた。イヴはそれらの最高指揮官であり、慎也は更にその上に位置する、最高意思決定機関を担っていた。もちろん、彼らが対峙している敵とは魔物であった。


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 太陽光パネルを上部に積んだプリウスは、前線から離れ、後方に向けて移動していた。これらの車両は、工兵隊員たちが修理し、以前の様に走行可能に復活させたものだ。原油からガソリンを精製する化学プラントを復元させるほどの技術的復活は、いまだなされてはいなかったが、太陽光発電システムであれば彼らにとってお手の物である。ステアリングはイヴが握っていた。二人きりの時、イヴは以前の様な砕けた口調に戻る。

 「だってお父さんが居ないと、私一人で判断しなきゃならないじゃない」

 「俺が居なくてもお前は、自分の判断で行動できるように育っているはずだぞ。俺だってもう60を過ぎてる。いつまでも前線にはおれんよ」

 慎也は「記録された」ではなく「育った」という表現を好んで使った。いつの間にか彼は、イヴをヒューマノイドではなく、実の娘と感じていた。

 「それはそうだけど・・・」

 人工知能は嘘をつくことを許されてはいない。

 「確かに、お父さんが居なくても、優先順位第二位である私自身の判断で決断は出来るわ。でも・・・」

 イヴは言い淀んだ。

 「でもそれは、私にとって・・・」

 イヴは自分の内部メモリに蓄えられたボキャブラリーの中から、適切な単語を選び出した。

 「私に大きな虚無感をもたらすわ」

 「虚無感だって!? こいつは傑作だ! わっはっは!」

 「何が可笑しいのよっ! もうお父さんのバカ!」 

 イヴは慎也をポカポカ叩いた。もちろん本気で殴れば、慎也は即死だ。

 「わっ! やめろ! 危ないじゃないか、運転に集中しろ!」

 慎也はそれを除けながら、なおも笑い続けていた。二人の様子は、普通の父娘そのものであった。


 イヴたちは、西と北に勢力を拡大していった。特に西においては、かつて世界最大を謳った自動車メーカーの主要工場を押さえたことで、大規模な産業用ロボットの編入に成功し、ヒューマノイドの一大生産拠点を確保するに至った。発電所や通信施設など、重要な拠点も制圧が進み、特に都市部においてはその機能が回復しつつあった。

 その一方でヒューマノイド軍は、地中に潜った魔物たちに対する対抗兵器の開発にも成功していた。それは、高周波の電磁波を地中に向けて放射し、跳ね返ってくる反射波の干渉を測定することによって内部の様子を探る、土木や考古学的調査、あるいは油田探査、鉱脈探査、地雷撤去に用いられる手法を応用したものである。当初、奴らが地中に潜ってしまった後は、何処に行ってしまうのかは謎に包まれていた。しかし、新たに開発された、このエコーロケーション装置によって、地中の約20~30メートル付近に定位しているという事実を突き止めた。つまり、何処にでも現れる亡霊の様な存在として恐れられていた魔物も、実は地中にて冬眠の様な状態になっている場合が多いことが判明したのである。そこまで突き止めてしまえば、優位性はヒューマノイド軍に有った。時折、柔らかな地層を移動する個体も見受けられ、そういった敵に対しては手を焼くことも多かったが、蝉の幼虫の様に地中で冬眠中の魔物たちは、逆に言うと逃げることも隠れることも出来ない無謀な姿を晒しているに等しく、また両者間に存在する分厚い地層が防壁となり、目覚めた魔物の急襲を遮る好都合な干渉帯を形成していた。軍は、地中に眠る魔物たちに、地上から致命的な攻撃を加える新兵器の開発を急ぎ、厚木に有る兵装研究施設がその開発に成功していた。これは、かつての米軍が使用していた大型貫通爆弾(MOP:Massive Ordnance Penetrator)を小型化したもので、鉄筋コンクリートであっても、その貫通深度は10メートルに達していた。この発見と発明によって、ヒューマノイド軍は戦況を優位に進めていった。


 その頃には、イヴが率いるヒューマノイド軍団は、生き残った人々にもその存在が知れ渡っており、人間を守ってくれる力強い守護神、いや守護天使として認知されていた。しかし海外においては、人類の反撃は始まっておらず、いまだ魔物の影に怯える生活を余儀なくされていた。特に都会においては、その生活基盤が麻痺し、人類は前例の無いサバイバルを強いられていたが、一方で生活水準の低い地域 ―― 例えば、昔ながらの生活様式を守り続ける少数民族や、保留区に閉じ込められているアメリカインディアンの部族など ―― においては、むしろ自給自足の生活が常態であり、比較的今までと同様の生活水準を維持できていたことは特筆すべき点である。日本に居ては、海外のそんな状況を知る由も無かったが、それは容易に想像が付くであろう。

 慎也の進言も有り、イヴは何とかして海外とへの進出、あるいは現地の対魔物抵抗分子との連携を模索していた。国内の通信環境は復活の兆しを見せているとは言え、海外との意思疎通は、今だその方策が見つからない状況であった。通信衛星を使えれば、話は簡単であった。宇宙空間に浮かぶ人工衛星は、今もなお健全に機能している物が多く、それを使えば海外とのコミュニケーションは容易な筈であった。しかし、それらの多くは、かつての米国やロシアが打ち上げたもので、そのオペレーションプログラムは強固なファイアーウォールによって守られている。幾らイヴたちといえども、その壁を突破し、衛星を自由に活用することは困難であった。また仮に人工衛星の活用が可能になったとしても、それを経由して送信される信号の受け手が機能しているかは、全くの未知数であった。

 そこで彼女らが選択した手段は、アマチュア無線局であった。かなり望みは薄いかもしれないが、もし海外にも何らかの手段で電源供給を果たしている人間が居て、その人物がアマチュア無線局を開局しているとしたら、そこを突破口に出来るかもしれない。そういった個人用の設備であれば、家庭用のちょっとした発電システムで稼働することが可能だからだ。

 果たしてイヴたちは、二つのアマチュア無線局との接触に成功した。一人はシンガポール、もう一人はスウェーデン。ヒューマノイドによる反撃という日本の状況を伝え、彼らにも同様の手段を模索するよう進言した。もちろん当の彼らが、人工知能などの装置、システムにアクセスできる立場にある保証は無く、それは困難かもしれないが、少なくとも日本を成功例とした方向付けを与えることによって、何年後、何十年後には同様の対抗手段を構築するに至る可能性は有る。イヴたちはその僅かな可能性に賭けていた。

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