第3話

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「ユウリ! 君は今すぐ砂漠行きだ。異論反論は受け付けない」

「砂漠? 何でですか? あっ、いやいやすみません。行きたくないんじゃあないですよ。でも理由をきっちり教えて欲しいなって。ほら、僕にも心の準備って物があるじゃないですか」

 翌日の朝だった。いつも通りユウリは、聖都にある士官学校に登校した。

 すると校門の前で、紺色の立ち襟軍服を纏った童女が腕を組んで待っていた。亜麻色の流れるような髪を、ポニーテールに結っている。

 嫌な予感がして、ユウリは「おはようございます」と早口で告げて通り過ぎようとした。そこでかけられた言葉が「砂漠行き」だった。

 童女の名は、メイサ・アイシス。弱冠十二歳にして、神鳥ルミラルの身体表面上の世界、ルミラリアの守り手である護人ディフェンシアを養成する士官学校の校長を務める才女である。

 メイサに対するユウリの印象は、「傍若無人な完璧美童女」だった。身体つきは華奢にして可憐。大きくて澄んだ瞳はおそろしく綺麗だが、眼差しには世界の全てを見通すかのような強烈さがある。

 肌は透き通るように白く、小ぶりで形の良い口や鼻とあいまって、外見だけなら物語の世界のお姫様といった感じだった。

 ふふんと言わんばかりの尊大な雰囲気で、メイサはユウリを見上げて口を開いた。

「妹大好きな君の大好きな妹が、つい先ほどルミラルの神託を得たんだよ。『今日の明黄の刻に、砂漠に何かが到来する』とね。そこで私に、教え子から一人を動員するよう声がかかり、私はすかさずノータイムで君を選抜した。以上が経緯だ。わかったな? なら行くんだ」

 意地悪く笑ってメイサは断言した。声変わり前の、高くて可愛らしい声だった。

「何かって……。危なくはないんですか? もうちょっと説明を……」

 ユウリは混乱し問い詰める。しかしその周囲に、掌大てのひらだいの青い鳥が何羽も舞い始めた。

「ちょ、ちょっと待って下さいよ! これって先生の力……。有無を言わさず飛ばす気ですか? ほんと待ってくださいって!」

「大丈夫だ。危険はないと神託も教えている。何事も現場体験だよ、ユウリ君。思う存分、無我夢中で学んで来るんだ。君の輝かしい未来のためにな」

 無駄にかっこいい返答が来て、ユウリの身体はふわりと浮いた。

(くっそ! 毎度毎度この先生は! 生まれて十二年で、いったいどうやりゃここまで厚かましくなれるんだ? 見かけの愛らしさが一割でも性格に行ってればな!)

 ユウリは覚悟を決めて砂漠の方角に目をやる。だが。

「うふふふふ。特大の大チャンス到来! です!」

 甘くて幼い印象の声がして、ガッ! ユウリの右足を何かが掴んだ。

 驚いたユウリはとっさに視線を下に向け、目を瞠った。

「カノン!」

 ユウリが言い放つとニッコリ。カノンは野心と幸福の入り交じった大きな笑みを浮かべた。

 カノンは豊かな茶髪をツインテールに結っており、大きくて澄んだ碧眼は何かを期待するかのようにキラキラとしている。

 背丈はルカよりもさらに低く、「ちょこん」という表現がしっくりくる小柄さだった。

「大チャンスって何のチャンス? とでも訊きたげなお顔ですねユウリ君! うーん、でもそんな表情も絵になる様になる! 言わずもがな! ユウリ君と二人きりになって、わたしのミリョクもとい愛らしさを存分にアピールするチャンスに決まってるじゃあないですか!」

 カノンはズバッと即答してきた。

「冗談もそのへんにしとけよ! 遊びに行くんじゃあないんだぞ! 危険な目に遭う可能性もあるんだよ」

「そんなの百も承知です! でもほら、愛は試練が多いほうが盛り上がるんです! だからわたしはあなたについていくんです!」

 喚くような風にカノンは返事をした。ユウリに向ける眼差しはまっすぐで、一点の曇りもない。

 およそ一年前、ユウリは席が隣になった関係で色々と面倒を見てやった。するとどういうわけか、カノンはユウリを運命の人とロックオンしたのだった。悪い気はしないのだが、恋愛感情まではいまだなかった。

「何やらモテモテだなユウリ君! でも心強いお仲間ができたじゃあないか! 思う存分、フィアンセと大活躍してくるがいい! 私が許可する!」

「フィアンセって……。メイサ先生までそんな戯言を……。俺とカノンはそんな関係じゃあ──って、うわっ!」

 ユウリが早口で抗議しようとした時だった。ユウリの身体はぐっと上に浮き上がった。すぐにぐんぐんと高度を上げ、士官学校の校舎が見る見る間に小さくなっていく。

 思わず目を閉じたユウリは、やがてゆっくりと目を開いた。真下を見やると、士官学校の白色の時計塔がそびえ、そこを中心に聖都の赤レンガの町並みが広がっている。聖都の四方は森に囲まれており、それらを横に貫く形で、ルミラルの両翼の先端まで川が続いていた。

 ぞっとするほどの高度に達し、ユウリの身体は斜め下に進み始めた。進行方向は、ルミラルの左翼の中ほどに広がる砂漠である。

「うふふ、うふふふ。うふふふふふふ。なんだかわたし、楽しくなって来ちゃいました! ユウリ君! 何が起ころうとわたしはあなたを守りますゆえ! 大船に乗ったつもりでどーんと構えててください!」

「くっそ! ああもう! どうして俺を取り巻く状況はこうも混沌としてやがんだ? 仕方ない、もうやけくそだ! 絶対どうにかしてやる!」

 完全に開き直ったユウリは高らかに叫んだ。

「ああもう! ユウリ君ったら! そんな破れかぶれなスタンスも似合いに似合っちゃいます! もうわたし、一生ついていっちゃいます!」

 悶えるような甘い口調でカノンは声を張り上げた。

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